■身長141cm “小人症のプロレスラー” が打ち明けた本音「むしろ笑ってくれ!」
(週刊女性PRIME - 09月04日 15:00)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=235&from=diary&id=6654947
****************************
昨今は「多様性」「価値観」「差別反対」「コンプライアンス」「ジェンダー」とかしましくなっている(これも差別表現とか言われるのだろうか?)。
なぜか「自分の気に入らない意見を排除する言い訳」として「差別問題という言葉」を用いるケースが多いようだが、本来は「自分と異なる価値観の許容」こそがあるべき姿だったはずだろう。
ましてこの件のように「当事者がOK」ということまで第三者が「それは差別だ」「食い物にするな!」とわけのわからぬ「正義感」で要らぬクチバシをさしはさんでいるケースが多いようだ。
差別をなくす方法は言葉の定義上ではあるが確実に存在する。
「言われる側が何と思わない」ことだ。
差別問題ではそうにも「そういう発言や表現をする側が悪い」「悪いのヤツに責任をとらせろ!」という風潮がある。それは「正論」だが「非効率的」だ。その発想では絶対に差別はなくならない。
なぜか?
人は生まれも育ちも価値観も違うという明確な差があるという事実、真理がある。それらを見た時に差を感じるのはいわば当たり前の話だ。物事の分別のついてない子供が無邪気にその違いを口にする…言われた側が傷つく。これで「差別は発生してしまう」のだ。なので人類が新たに誕生し続けるたびに差別は発生するわけだ。
「正論よりも効率性」だ。性犯罪がある場合、そりゃ性犯罪者が悪いのは当然だし、彼らには厳しい処罰があるべきだ。性犯罪者どもがルールを守るのが理想的回答であり正論だ。だがそもそも奴らがルールを守らないから性犯罪が発生するわけで、そんな奴らにルールを守らせるのはかなり大変なことであり、「因果逆転」「本末転倒」となってはいまいか?
性犯罪の被害者が身を守る行動をとるほうが性犯罪は劇的に減らせるのだ。「なぜ何の落ち度もない被害者側が制約を受けなければならないのだ!」という理不尽さへの怒りも理解できるが、それ以上に「性犯罪を明確に減らす効率性」を重視して「女性専用車両」があるわけだ。
差別問題も同様に考えたほうが早いのではなかろうかね?「物事をあるがままに認める」ということです。肌の色の違いも体格の違いも美醜や年収の違いも。
・・・うーん、私のこの考えも理想に走り過ぎてる気がしますね。差別的発言を受けて悔しく感じる人々に「悔しく感じるな!」と言ってる部分があるわけで。実に不自然でしょうかね。なかなか難しいものです。
明確な侮辱を受け入れろと言ってるわけではないのですよ? 皮肉めいた言い方やどうにでも取れる表明にまで過剰な反応をしないでほしいなと思うわけで。
ただ、この記事の小人プロレスの当事者のように「小柄さという特性をむしろ武器にする」というしなやかでしたたかな発想がもっと広まって良いとは思います。
世間一般に不利、弱点、短所と言われる部分がある人間はずっとコンプレックスを感じて下を向いて生きていくのか? その事実は変えられない以上、まずは自身の解釈を変えるしかないでしょう。続いて周囲、社会の解釈を変えて行ければいいのではないでしょうかね。
ログインしてコメントを確認・投稿する