「世界平和(憲法9条)」とか「永遠の愛」ってのは「目指すべき理想」ではあるが、「結果を誓う」のはむしろマイナスであるということを申し上げたい。
まず、いずれも「結果としてそうなってほしい」という願望が強くあるものだ。
だからこそ「結果」を誓うのは危険なのだ。
結果というのはもろもろの言動や事象の後に生じる事象に過ぎない。人知を超えて発生する最終的な顛末、結論であり、「人間がいきなり得られるもの」ではないのだ。いきなり結論を宣言するのは論理飛躍であり、うそつきになりやすい。
私風に言えば「人間(の手の届く)領域にない」ということだ。
永遠の愛を誓っていたご夫婦でも離婚することが十分ありえるのは、「人間の領域を超えたことを誓っているから」だ。うちの奥さんは「その心意気が欲しいのであって本当に求めてはいない」「ロマンチストであってほしい」と言うが、あいにく私はかなりのリアリストだ。ウソはつきたくないし、できる限り誠実でありたい。奥さんに気に入られることよりも奥さんに幸福でいてほしいことの優先順位が高い。下手に相互に永遠の愛に安心してしまうと努力を怠るようになり、結果的に分かれる確率が高くなるのではないか。常に相手に気に入られる努力を楽しみながら継続できるかどうか。
一方で「目指し続ける」という姿勢であればそれは「人間の領域」にある。手段や前提は人間が考えられるものであり、考え続けるべきものだ。
生きてる限り問われるのは「結果」ではなく「姿勢」だ。
・・・そして根本的に「怠惰」な私は非常に姿勢が悪いので苦労しているということだ(笑)。
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