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2021年05月24日11:53

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「尊皇攘夷80年周期説」とわが家に咲く花々

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 加藤典洋に「尊皇攘夷80年周期説」というのがある。
 尊皇攘夷思想というのは1850年代、1930年代、2010年代と80年周期で巡ってきているというものだ。
 この種の説は、たまたまの現象を背後に法則性のあるがごとく言い立てる場合があるので、あまり信用ならないが、加藤の指摘については観るべきものはあると思う。

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 この内、1930年代のそれを必要があって調べたが、天皇機関説の否定による明治憲法解釈の一大転換(伊藤博文の想定をも覆すものだった)と、それによる天皇の現人神化、その現人神のもとにおいて国民はすべからくその赤子(せきし)であるという一大家父長制の虚構は、その後の歴史、とりわけ戦争への地すべりと悲惨の拡大生産の骨格として機能した。

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 そして2010年代から続く今日のそれ、それは、加藤の指摘する「敗戦後」の「ねじれ」を放置したままの「戦後」を経由することによって出現したものであろう。
 その結果、安倍政治と天皇を対置させ、天皇親政を唱えるサヨク?リベラル?まで現れるという馬鹿げた状況が生まれた。「ねじれ」がよりカリカチュアライズされた「ねじれ」を生み出した例と言えよう。

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 それはさておき、30年代のそれも、実は明治維新の受容に関するあいまいさ、あるいは「ねじれ」の内在によるものといえるかもしれない 加藤は19年に逝ってしまったが、できれば日本の近代史そのものをそうした視点でいま少し展開してほしかった。

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 それはさておき、まだまだワクチン接種の見通しもないなか、蟄居状態の私の視界はどんどん狭まってゆくのは必然である。ということで、ここに載せた写真は、それぞれわが家に今咲く花たちである。一枚だけ桜の若葉がきれいだったので混じえておいた。

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 珍しいものはないが、最初のサツキは八重の花をつける。私の剪定が下手なので、びっしりとは花がつかないのは残念だ。
 紫陽花は今年は4輪の花をつけた。同じ樹なのに、それぞれの花の成長度合いが違う。
 ナンテンの樹は何本かあるが、この写真で横になっているもの、この花は他でもあまり見たことがない薄紅色に開花する。その時点でまた、お披露目しよう。

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 余命少ない身にとって、著しく行動が制限されるのは辛い。そして、それ自身がわが老化を加速しつつあるという厳然たる事実がある。嗚呼!

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