≪戦国ロマン≫
世界史或いは日本の歴史に余り興味を持たない者でも
「戦国時代」という言葉の響きには某か甘い感情を覚えるのではないだろうか。
まあ、或いはそこまで行かずとも、少しは心動かしたりするもんじゃないかと思うのである。
実は、普段でも知らず知らずのうちに我々は戦国時代に触れている。
例えば、歴史用語でいつの間にか転用して一般用語に化けた言葉は幾つもある。
「維新」とか「一所懸命」とか「下剋上」とか。
「戦国時代」という言葉も様々なシーンで使用される。
同じような意味で「群雄割拠」とか、実力者が鎬を削って競り合う場面などのイメージに使用されているのだが、
それで皆がイメージが出来るのなら、
やはりそこに何某か肯定的な感情があるんじゃないか
僕はそう勝手に思っている。
何故、そうなるのか、理由は様々あろうが、
各々方の自分の故郷に縁の戦国武将が居たり、
彼らに因んだ言い伝えや物語があったりするからであろうか。
しかし「戦国時代」の最大のスターは、
どこからどう見ても「織田信長」に比肩する者はあるまい。
KING OF 戦国時代、であり
彼がこの時代の象徴的人物だからであり、
彼が活躍した時期が最も豊かでロマンティックなエピソードに満ちている。
彼を中心に様々なエピソードがあるのだ。
逆に言えば、「戦国時代」とは
当に「信長時代」と云っても過言ではない区切り方をしているからでもあるのだ。
実に不公平な話だが、仕方ない。
そもそもこの時代区分は曖昧で、
「いつからいつを指すのか」と尋ねられても
パッとは言葉に出来ないのではないか
多くの人が
「応仁の乱から。。。関ケ原の戦いくらいまで?」
とぼんやりインプットされているであろう。
僕もそうなのだが。
これを細かく説明すると
足利将軍の地位の失墜が確定した、といわれている
件の「応仁の乱(1467-1477)」以降に起きた
「支配階級の身分の流動化」から、
1603年の江戸幕府の開幕による
身分の再固定化までの約100年を指すわけだが、
始まった切っ掛けは具体的には指摘しにくいのである。
簡単に云うと、
応仁の乱で朝廷に連なる支配階級である公家は
収入を断たれ困窮に陥り、
地方の統治を担っていた守護(大名)職の連中も、
守護代や国人勢力にその地位を奪われる事が相次ぎ、
大小の内乱が繰り返され、
血を血で洗う戦乱期に突入した事を意味するからである。
従って、この時代を象徴する言葉として
教科書に「下剋上」という
「下位の者が上位の者の地位を奪う」意味の事象が示されるのである。
これが至る場面で発生し繰り返される期間が
「戦国時代」と呼ばれる期間なのである。
そして、明確に「下剋上」に終止符を打ったのは、
豊臣秀吉による天下統一が為された事にある。
秀吉には向かうものは征伐されるので、
国内の大名は全員が秀吉に服従したわけで、
細かい地方の豪族に至るまで歯向かう事は許されなくなった。
これで「下剋上」は終わりである。
1586年に豊臣姓を下賜された頃までには、
秀吉に対抗する勢力は国内では皆無になり
抵抗勢力は無くなったので「下剋上」は無くなったが、
秀吉が死没した事で統一政権が二分され
戦い自体は再開した。
二分された後継勢力は再び「天下分け目の戦い」を起こし、
その勝者である徳川家康が江戸幕府を興すに至り、
今度こそ支配階級の地位が再固定された、というのが
戦国時代の終わりである。
この混乱期の間に
信長の手により足利将軍は滅亡し、
そして徳川家康によって再度もたらされた天下統一により、
武士は戦闘力を背景とした支配者から官僚組織にその色合いを変えた。
それが最も大きな時代の変化である。
続く
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