12年連続Bクラスというのは、
人間でいうと瀕死の重病人と例えても問題ない位、酷い状態である。
前の黄金期をもたらしたのは忘れもしない落合博満政権時代である。
本件を語るに当たって、誰も当時を例に比較しようともしないのが
不思議でならない。
ここで僕は何度も述べているが、西武ライオンズファンである。
甲子園球場付近に住んでいた幼少期に田淵幸一のファンになり
阪神タイガースを知った直後に彼が移籍したライオンズ。
彼を追うようにライオンズを応援し始めたのが始まりである。
以来、ラグビーとサッカーをしていたが背番号は田淵が付けていた
「22番」で通した筋金入りである。
お荷物球団などと言われていたライオンズが
突然覚醒したのが82年の前期だった。
当時のエースは東尾修。
翌年のドラフトで入団し、いきなり活躍を始めたのが
渡辺久信。
翌年に現れた左腕の新星こそが工藤公康なのでである。
彼らと共にライオンズの黄金期を作ったのが
名捕手の伊東勤。
球界ナンバーワンの身体能力を誇り
ライオンズの打の看板を長く務めた秋山幸二。
そして黄金期
当時クローザーと言う新しいポジションを務め
ライオンズの常勝を支えた森繁和。
黄金期において、ライオンズの二遊間を形成した辻発彦と
田辺徳雄。
お分かりあろうか
あの頃のライオンズの選手たちが
後の球界の監督のポジションを
席巻したのである。
実にその数は他球団と比較できないほどの多さがある。
工藤公康はその綺羅星の中でも
最も優勝の味を知る「優勝請負人」である事は
疑いようもないのだが
彼が成し得た成功は、球界で最も金満球団の
ソフトバンクホークスなのである。
落合が前回ドラゴンズで作り上げた王国はしかし
然したる戦力補強もせず既存戦力を鍛え上げて
優勝したのである。
工藤にそれを期待しているのかも知れないが
育成には時間も要るし、元の選手の素養もある。
工藤のほかに適任者がいないのであれば
これはベストの選択なのかもしれないが
彼には時間が必要なのではないかと思う。
中日球団の体質が落合を苦しめたのは有名な話である。
その辺りが改まっていればいいが
【中日】工藤公康氏の新監督就任決定 加藤球団社長「工藤さんに白羽の矢が立ちました」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=8980199
来季の新監督に元ソフトバンク監督の工藤公康氏(63)が就任することが決まった。8日、名古屋市内の球団事務所で取材対応した加藤宏幸球団社長は「次は外部から経験も知見もあってドラゴンズに注入してくれる方が現状としていいだろうというふうになり、工藤さんに白羽の矢が立ちました」と明らかにした。
ソフトバンク監督時代の7年間でリーグ優勝3度、日本一5度を達成した“優勝請負人”に、低迷するチームの再建を託す。
中日は6年連続Bクラスで、11年以来15年間リーグ優勝から遠ざかっている。CSも12年以来14年間進出できていない。近年のドラフトでは根尾昂投手(26)、石川昂弥内野手(25)、金丸夢斗投手(23)ら目玉候補を競合の末に獲得しているが、チームとして常勝からはほど遠い状況が続いている。
そこで「勝てる監督」を招へいし、優勝から遠ざかっているチームの再建を託した。
工藤氏は「与えられた戦力でいかに勝つか」をテーマに、ソフトバンク監督時代の7年間で日本一5度を達成し、常勝軍団の礎を築いた。トラッキングデータを分析するアナリストの活用にもたけ、最新の計測器なども自ら触れて知見を広げてきた。データや映像を活用して戦術、戦略を立てる知将で、若手育成でも数値をもとにした練習法やトレーニング法に精通。千賀滉大(現メッツ)らを育てた実績もある。
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