僕はこの行動はとても刹那的で論理的な行動とは思えない。否、地名の呼称を「現地読み」にして行く、というのなら別に悪いことだとは感じない。「連帯を示すために」というその理由が頂けないのである。この理屈でいうのなら、どうして北京は「ペキン」なのか
時系列はバラバラだけど、ここのところは著名人の訃報が毎日のように届いており、なんだか寂しい気持ちである。つい先日もファンを公言してやまないYMOのメンバーだった高橋幸宏が亡くなった。病気しているのは知っていたし、世間的にも何かあったら亡くな
菅氏の高い志と勤勉さ、生真面目さについては十二分に理解し受け止めたいと考えている。その前の首相が政権半ばで、新型ウイルスで世界じゅうのあらゆるものが不安定に時期に政権を投げ出すという未曽有の混乱期に我が国の首相を務めたのだから、ある意味感謝
心情を訴えるのは理解できるが、そもそもこの動き、当初段階から報道機関がもっと配慮を求めるなどしかるべき行動をすべきだったのでは?と市井では議論されていたことである。恥ずかしながら、僕自身も日常生活で「COVID-19」などという呼称で呼ぶこと
ここ数年、色んなものに悩んでいる。「悩み」についてではない。体調においてである。現在、最高に自分を悩ませているものは五十肩であり、これを発症したと自覚したのは今から1年半前である。僕は、2019年の初頭位から怪我と病気が続いている。このSN
少し前に将棋がらみの日記をいくつか書いて時間が経過した。その間に希代のスター棋士「藤井聡太」はタイトルを幾つか防衛し幾つか奪取して、気が付けばとうとう6冠というから恐ろしい。今から30年近く前、当時の棋界を席巻していたのが羽生善治九段で、全冠