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2020年02月08日17:10

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満月の夜、〈人々〉がやってくる

 
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 「まもなく満月がやってくる」
 と、長老はいった。
 「そしてまた、〈人々〉がやってくるだろう」
 洞窟の中に動揺が走った。なかには「ヒッ」と怯えた声を漏らす者もいた。
 〈人々〉は満月とともにやってきて、わが同族を狩ってゆく。

 「彼らは言葉をもっている」
 と、長老はいった。
「しかもその言葉は、わしらのものよりはるかに豊かだ。シラブルを自在に組み合わせ、たくさんの意味をそれに乗せることができる」
 
 長老はしばらくの沈黙の後、ひとつため息をついて言葉を続けた。
「わしらも彼らの言葉に近いものをもっている。しかし、それは短いシラブルの単発に過ぎない。例えば狩りのときもそうだ。わしらは『危ない!』、『逃げろ!』と鳴き交わすのが精一杯だ。
 ところが、〈人々〉ときたら、『奴らは丘の茂みへ逃げるつもりだ。一隊は先回りをしてその行く手を断て!他の者たちは三方から取り囲むようにして奴らを追い込め!』などと話すことができる」

 〈人々〉のそうした言葉を聞きながらも、かろうじて逃げることができた者たちが無言で頷く。
 長老はさらに続ける。
「わしらは戦わないように定められている。また、話すことによって事柄を正しく伝えたり、あるいは捻じ曲げて伝えることも許されてはいない。しかしだ・・・・」
 
 みなが、ピクンと改めて長老の方を注視した。なにか重要なことを伝えようとする決意が感じられたからだ。
「しかしだ、いつの日にかわしらも戦わねばならぬかもしれない。そして、そのためには、〈人々〉のように言葉を習得しなければならないだろう。でも、これは肝に銘じておいたほうがいい。言葉をもち、戦うことはわしらを強くするかもしれぬ。しかし一方、それは堕天使のようにわしらがどこまでも堕ちてゆくことにもなるのだ」

 自分たちが言葉をもち、戦っていることをリアルには想像できかねていると、それを察したかのように長老がいった。
「そう、もしそうなるとしてもズーッと先の話だ。いずれにしても、まずは次の満月を生き延びねばならない。わしらが絶滅してしまわないためにもだ」
 
 〈人々〉がやってきて、わが同族を捕らえ、その皮を剥ぐさまを想像し、みながブルブルッと身体を震わせた。
 満月が迫っていた。

                   (「夢六話」より 其之参

https://www.youtube.com/watch?v=Ccl_3I5Q91A
ヤナーチェク:狂詩曲「タラス・ブーリバ」よりタラス・ブーリバの予言と死, ノイマン指揮 チェコ・フィルハーモニー管弦楽団


 








 
 
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