飛光ヨ 飛光 爾ニ一杯ノ酒ヲ勸メム。吾ハ識ラズ 青天ノ高キヲ 黄地ノ厚キヲ。唯見ル 月ハ寒ク日ハ暖カク。來タツテ 人壽ヲ煎ルヲ。熊ヲ食ヘバ スナハチ肥エ。蛙ヲ食ヘバ スナハチ痩ス。神君 イヅクニカ在ル。太一 イヅクニカ有ル。天ノ東ニ 若木有リ。下ニ燭ヲ銜ム龍ヲ置ク。吾 將ニ 龍ノ足ヲ斬リ 龍ノ肉ヲ 嚼ミ 之ヲシテ朝ハ廻ルヲ得ズ 夜ハ伏スルヲ得ザラシメントス。自然 老者ハ死セズ 少者ハ哭セズ。 何為レゾ 黄金ヲ服シ 白玉ヲ呑ム。誰カ任公子ノ似ク 雲中 碧驢ニ騎ル。劉徹 茂陵 滞骨多ク 嬴政ノ梓棺 鮑魚ヲ費ス。
(飛び去る光よ、飛び去る光。お前に一杯の酒を勸めよう。俺は青空の高みも、黄色の大地の深みも知らぬ。ただ眼にするのは冷たい月暖かい太陽が、代はる代はるめぐり來たつては人の壽命をすり減らし、熊を食らへば肥え、蛙を食らへば痩せるといふだけのこと。神君は何處だ。太一は何處におはします。天の東には若木があり、太陽を銜へた龍が置かれてゐる。俺は龍の足を斬り、龍の肉を食らはう。さうして朝が來ても龍を驅け巡らさず、夜になつても休めなくさせよう。さうなれば當然、老ゆる者は死なず、年若き者は嘆かぬだらう。なんで一體黄金を服用したり白玉を呑んだりするのか。誰が任公子のごとく雲中で緑の驢馬を乘りまはし得たといふのか。漢の武帝の墓には、あはれ昇天しそこなつた彼の骨が散らばり、秦の始皇帝の棺桶には、死臭を消すための干物が詰め込まれてゐるのだ。)
世界が滅びゆくさまを手もなく眺めさせられるのは、ひとといふ者の運命であらう。滅びに少しばかり介入して、幾ばくかそれを遅らせることもあるいは可能かもしれぬが、ひとに可能なことは、それに挨拶を送ること、李賀の如く「一杯の酒を勧める」ことだらう。「彼の最後の挨拶」(コナン・ドイル)。
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