あれ。「あれ」という代名詞が冒頭からやたらと使われる。もうやめてくれと言いたくなるくらいなので、最初は嫌だが、なぜなのかということを考えているうちに馴れてくる。主人公が小説家で、取材のために興信所で働いているのだ。なるほど。そういうわけか。という気になった。
主人公は金がない。50にもなってまだ親のすねかじりのようなことをしている。父の遺品を金に換えてみたり、ちょっと金が入ると資産運用のつもりででもいるのか、競輪につぎ込み残らずすってしまったり。情けない奴である。
妻とはそんなこんなで別れた。だが長男は未だに彼を慕っている。妻には好きなひとができたが、結婚を前提に付き合っているのだが、息子の方は、父以外の男性と母親が付き合うことに抵抗を感ずる。そう。男というのはそういう生きものだ。やきもちというのもある。嫌なのだ。
クライマックスは父の故郷清瀬市内の公園のタコ型の滑り台というのだろうか。遊具である。祖母のアパートに息子と遊びに来たついでに、２人で公園に行った。それは折しも24号台風直撃の晩である。父はコンビニでお菓子を買って、その滑り台の雨除けのところで、一夜を過ごす。そこへ母も心配してやってくる。深夜、荒れ狂う暴風雨の中３人して眠れない。息子は近くの自動販売機へ珈琲を買いに行って、昼間父と買った宝くじを暴風で失ってしまう。一家で懸命に拾い集めるが、こうしているとなんだか夫婦のよりが戻ったようで、息子にはうれしい。父は母の再婚を認め、養育費もちゃんと払うと確約する。母も月に一度必ず、息子に逢わせると約束。家族はそうしてあくる朝、台風一過の空の下晴れ晴れと別れてゆくのである。
小津安二郎の「東京物語」。そう、現代版「東京物語」だな。と思った。小津のあの名作は、家族を描いた昭和28年の至高の作品である。この「海よりもまだ深く」も現代の家族をありのままに描いた点は同じである。等身大であるところも。何の誇張もてらいもない。阿部寛のだらしない父。真木よう子のそこはかとない色気のある母。小林聡美の抜け目のない姉。樹木希林の、訳の分からない情報に振り回される、いまどきの祖母もいい。
けれど言っておきますが、フィギュア・スケートの金髪のジャネット・リンは札幌オリンピックで、確かに尻もちをつきましたが、満点など取っていないし、銅メダルどまりですからね。でたらめを言ってもらっては困ります。
是枝監督の映画はさほど観ていないと思うが、「海街ダイアリー」や「誰も知らない」よりは、こっちのほうが素直で好きだなあ。彼の良さがよく出ていると思う。ホームランの出来ではないですけれども。
ログインしてコメントを確認・投稿する