元レーシングドライバー土屋圭一。
みなさん、ご存知の人だと思いますが、この方の人気の理由を書いてみます。
私がこの人を知ったのは、33年ぐらい前、私が18歳の時でした。
当時、私は、NS250RとAE86で、夜な夜な峠を走っていました。
17〜18歳の時、鎌倉の朝比奈峠で私は二輪で自称w最速でしたが、4輪なんて遅くて相手にならないと思っていましたが、唯一、赤いAE86でドリフトしまくってる速いのがいました。
聞くと、名前は聞かなかったですが、全日本でラリーをやってると言ってました。
その人の影響で、車に乗るなら、この車にしようと思い、18歳で免許をとったらAE86を買いました。
当時は、まだドリフトブームではなかったですが、私の周りには、たまたまドリフトする先輩がいて、その先輩から、後に発売禁止になった土屋圭一のビデオ、「ザ・峠」を見せてもらいました。
土屋圭一が、碓氷峠で、撮影許可もとらずにドリフトしまくっている暴走行為ビデオなのですが、まぁ衝撃を受けました。
自分と同じ車で、こんなに上手にドリフトする人がいるのかと。
当時は、第一次走り屋ブームとも言える時代で(いわゆる80年代)、この土屋圭一のビデオがきっかけとなって、その後ドリフトブームになりました(いわゆる90年代)。
それから9年後に、ヤングマガジンで、イニシャルDの連載が始まりました。
この漫画は、間違いなく、土屋圭一の影響を受けていると思います。
公道の峠のAE86といえば、土屋圭一ですから。
イニシャルDの連載が始まった時に、私は渋川で働いていて、夜な夜な、榛名山と赤城山に走りに行っていました。
当時、パンダトレノでドリフトしている常連は、私しかいなかったので、私がモデル???とマジで思いましたよ。笑
作者のシゲノシュウイチさん、取材に来ていました。白のRX−7と黄色のNSXで来てました。
さて、長くなりましたが、土屋圭一が有名になってから33年もたちますが、いまだに人気がある理由を書きます。
彼は、最初はドリフトの上手い、明るいオジサンでしたが、
現在は、彼と同等にドリフトが上手いドライバーはたくさんいます。
ユーチューブで彼の走りの動画を見ますが、その走りは、とにかく、おもしろいです。
彼は、走り屋の世界の長嶋茂雄です。
ただ単にドリフトするだけでなく、その気合がすごいです。
私は走りに気合はいらないと思っているほうですが、彼はエスケープゾーンがない群馬サイクルセンターの峠道でも、とにかく気合で全開走行します。
そして、その運転には、一見無駄に見える操作が多いです。
まぁ、ステアリングをよく動かします。
これ、他のドライバーと比べてアクセルを踏んでる時間が長いので、ステアリングでの修正が多いのです。
基本は、アクセルワークでのコントロールがメインで、ステアリングでの修正も当然使うのが正しいのですが、
彼の運転は、とにかくアクセルを長く踏んでいたいみたいで、アクセルワークでの修正よりも、ステアリングワークでの修正がメインになっています。
普通だったら、下手クソの運転なのですが、彼の場合は、この特殊な運転方法を、ある意味極めているので、それが見ていて他のドライバーと違うし迫力があるので、おもしろいのです。
一緒にやっているレーシングドライバーの、織戸氏と谷口氏の運転と比べると、違いがよくわかります。
一番模範的な運転は谷口氏です。
彼の運転はスムーズで無駄がないです。
一方、織戸氏の運転は、はっきり言って下手です。
これもこれで笑えます。土屋圭一の弟子なので、土屋圭一に似てアクセルを踏んでいる時間が長いのですが、アクセルもブレーキも操作がラフで大雑把です。
その結果、プロのレーシングドライバーのくせに彼はよく事故ります。
似てる運転でも、土屋圭一のほうがマシンコントロールのスキルは上で、見ごたえがあります。
(土屋圭一の走りは、見ごたえはあるがタイムは出にくい)
機会があったら、ユーチューブで3人の走りを比べてみてください。
おもしろいのは土屋圭一で、見倣うべきなのは谷口氏で、反面教師は織戸氏です。
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