平成という時代に生まれ育った人間の特徴を一言でいうなら「合理的な人間」ということだろうか。
アナログじゃなくデジタルに慣れ親しんだ世代ということになる。
舞台は安楽死が合法化された日本。これは現在と過去が交錯する近未来のSF小説でもありラブストーリーでもある。
多用されるファッション用語やＩＴ用語。グーグルホーム、アンダーズ、UBER ・・・・
昭和世代の私たちにはあまり理解できない単語も散りばめられておりそれが余計近未来感をそそる。
身に着けるもの、気に入っている食品、通っている店、ブランド名・・それらを見れば彼らの生活レベルがセレブなんだなというくらいはわかる。
小説の冒頭でいきなりセックストイの描写があり読者をひきつける。挿入をいやがる彼氏、着衣のセックスというスタイルは、アブノーマルなのだろうか？
性器接触をいやがる潔癖主義やセックスレスカップルの問題提起なのだろうか。今は一度も異性経験がないまま一生独身で終わる人も珍しくない時代だ。そういう世相を反映しているのだろうか。
また、たとえ異性との経験がなくても自慰で快楽を得ることはできる。それは昭和時代は主に男の行為だったがいまや女も。現代女性の性事情、選択として男性の挿入は必要ないのかもしれない。
中盤は安楽死がテーマの中心に。
明るい安楽死の演出として、アミューズメントパークの要素が取り入れられる。安楽死のセレモニーではこの世からあの世へのゴンドラに乗って当人が登場し親族や友人に見守られて旅立つなど。まるで劇場型結婚式みたいだ。中国資本が終活（エンディング）ビジネスで日本進出。その一大施設が君津市（千葉県）にオープンしているというのも象徴的だ。ＴＤＬがある浦安市（千葉県）へのアンチテーゼか。
とはいえ現実の安楽死はそんなに割り切れるもんじゃない。平成くんと愛ちゃん恋人同士の二人の死生観は、愛猫ミライの死とその弔い方をめぐって食い違う。
最期のとき、死にゆく本人が納得しても遺族は納得しないことが多い。「お別れ」のむつかしさか。
希木樹林さんがジョン・エヴァレット・ミレイのオフィーリアに扮した宝島社のポスター「死ぬときくらい好きにさせてよ」を思い出した。
平成くんは人の気持ちわからない。たぶんアスペルガー症候群なのだろう。
しかし物語の佳境、クールで合理的な平成君がノーマル人間愛ちゃんに影響を受けて少しずつ変わっていく。二人の仲は相容れないものを持ちながらもお互いを大切に思い尊重しあえる関係に。
拒否と許容の落としどころ。しかし平成の恋人たちは同棲はするが束縛・独占はしない。グーグルでスケジュールの共有はしてもそれぞれの立場や予定は独立させて付き合うのだ。誰と寝ても自由。相手が死ぬのも自由。だから結婚などという契約もかわさないし家族を作ろうともしない。
恋愛の新しいかたち。現代的だしある意味理想的。昭和の恋人たちにはできない技だ。
愛する人に「私のために生きて、死なないで」というのはエゴなのか。しかし「自分以外」の大切な人のために生きること、つまりその大切な人の存在が心の支えや生き抜くモチベーションになることもある。だがやはり死は個人的なものだ。誰かのために生きるのではない。生は主体的でなければ。生きるも死ぬも本人の意思。権利だ。
起承転結よく練られた小説だった。古市氏にとってこれが初小説というがさすがだ。主題や論点が明確で、今まさに話題になっている有名人やコンテンツ、トレンドの固有名詞がちりばめられ、一気に読める。過去のベストセラーの黄金律みたいなものを踏襲しているのだろう、表現や文体に独自性はないものの、SFと私小説混然一体となった（平成時代が終わることにシフトした）実にタイムリーで巧妙なストーリー展開。まぁ2、3年後にこれを読んだら全然面白くないこともわかっているが。
昨年ＮＨＫの予告編でみた「母帰る〜ＡＩの遺言」
奥田瑛二と柳楽優也主演のドラマがあった。
https://www.nhk.or.jp/dodra/hahakaeru/html_hahakaeru_midokoro.html
死んでしまった人の携帯端末から本人の情報をいれたAIにアクセスでき、もし本人が生きていたらこんなふうに反応するだろうというようなことをAIが話す。
故人があたかもまだ生存しているようにふるまい、遺族は故人がいたときと変わらない生活をつづける。それが持続できれば喪失感はなくなるかもしれない。
「お位牌はあの世とこの世をつなぐ携帯端末のようなもの。」と。とある僧侶はいったそう。三砂ちずるさんのエッセイにそんなことが書いてあった。
映画「リメンバーミー」は、メキシコのクリスチャンの行事死者の日のことを描いたもの。死者の日は日本のお盆のような日で、死者と生者がふつうに交歓する。
あの人は死んだけれど、私たちの心の中でいつまでも生きている・・とよく言われるが。
故人の情報をすべて入れたAIさえあれば、その人が物理的に生きていようが死んでいようが問題ない。AIロボットでも オッケーグーグル端末でも。いつでもその人のデータにアクセスでき、その人を近しく感じることができればいいわけだから。
例えばずっと家を不在にしている親族が死んだと知らせがくる。そして死体を確認できないとする。その場合は実際死んだか生きているかの違いを実感できない。それと同じだ。
長い間不在で生身の姿を想像でしか確認できないような時点で死んでいるのも同然だし。生死はもはや重要ではない。人類はこれからは不老不死を追究するよりもAIを発展させて、もう死んでいる人をあたかも生きているように演出することに注力する方がいいかも知れない。
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