映画や小説などでよくある「相手に配慮して言わない」という選択が個人的に非常に嫌いである。
「知らないことには対処できない」
「たとえ世界一の賢者でも未出題の謎は解くことはできない」
言う内容を勝手な判断で情報統制されると告げられなかった側にとっては「ノーチャンス」となる。仮に私が情報を伏せられる立場になったら悲しいし、「軽く見られたものだな」と思う。
重要なのは「誰が判断するのか」だ。
今、相方が見ているドラマでは心臓病を抱えた青年Aが自分の好きな女性Bに思いを告げられずにいる。またその女性BはAの目の前で別の男性Cに誘われてデートに行く。BはAに止めてほしいが言わない。AもBい言ってほしくないが言わない。
しかも言わないという決断をAもBもそれぞれが自由意思でしておきながら、ウジウジと悩む。
わけがわからん。悩むくらいなら言え。言わないと決めたなら悩むな。んで、基本言え。告げてからどうするかは相手が決めることだ。告げるまでは自分が決めることだ。
「自分が相手に告げることで相手を悩ませたくない」なんてーのは「身勝手な傲慢」だ。相手にすれば余計なお世話だ。悩む機会くらい相手本人に与えろ!とイラ立ちすら感じる。(だから基本的に私は自発的にはドラマを見ないのだがw)
悩むべきは「告げるか告げないか」ではなくて「いつ、どのように告げるか」であるべきだ。
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