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2018年12月26日19:34

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ロストフの14秒

吉田麻也がクルトワに体当たりしていたら。山口蛍でなく植田直道を交替出場させていたら。香川が中央に走らなかったら。本田のFKが入っていたら。
原口がピッチに残っていたら。岡崎慎司が万全であったなら。
西野に時間があったなら。
・・・ハリルホジッチが指揮を執っていたら。

NHKスペシャル「ロストフの14秒 日本vs.ベルギー 知られざる物語」。
7月2日、ロシアW杯の日本対ベルギーの一戦を、関係者のインタビュウを交えて詳細に検証したドキュメンタリ番組だ。
映像を観て、またしても焼けるような悔しさを味わった。

あの敗戦の原因を、最後の最後、ベルギーの高速カウンターにしてやられた場面だけに求めるのは間違っている。
しかし、あの14秒にすべてが現れていたこともまた、事実だろう。
良質な小説の、最初と最後の一行にすべてが凝縮されるように。
オペラの前奏曲に、物語のすべてが暗示されているように。


登場したのは、西野朗(監督)、長谷部誠(キャプテン)、長友佑都(在イスタンブル)、酒井宏樹(在マルセイユ)、原口元気(在ハノーファー)、吉田麻也(在サウサンプトン)。
そしてベルギー側は、代表監督マルティネス、GKクルトワ、彼が転がしたボールを受けて縦に走ったデブルイネ、右サイドでパスを受けたムニエ、折り返しのボールに触らずスルーしたセンターフォワードのルカク、そして決勝点を決めたシャドリ。
さらに、ファビオ・カペッロやイヴィツァ・オシム、アルベルト・ザッケローニら経験豊かなヨーロッパの監督たち。

あの試合をベルギー側から語るなら、「2点先行されたのには驚いたし、焦った。しかし、我々は充分な研究をしていたし、日本対策は万全であったので、試合結果は論理的なものだ」と、そんなところだったらしい。
・・・なんということだ!

GKのクルトワは言う。
「本田のFKは、日本が初戦のコロンビア戦で成功させたものと同じパターンで、あの状況ならばあのキックを蹴ってくるということは予測していた。
普段ならああいうボールはキャッチしないが、デブルイネが走り出したのが見えて、彼につなごうと判断した。」

彼からボールを受けたデブルイネも言う。
「競り合いになった瞬間、僕は敵陣に向かって走ることにした。
距離はあったが、前方には広大なスペースがあり、僕は自分の身体能力に自信がある。
スプリントすれば、チャンスになると思っていた。」

ゴール正面でボールを受けてシュート、という予想を裏切って、左サイドのシャドリへスルーしたルカークは、
「最初からスルーと決めていたよ。
あのポジションに走りこむ少し前に、後ろからシャドリが走って来ているのを首を振って確認していたからね。」
と笑う。

すべての予測が当たり、ボールの軌道も、タイミングもすべて完璧に進行したカウンター攻撃。
一方、日本の選手はどうか。

デブルイネがフィールドを真っ直ぐに突っ走るのを途中で阻止せんと身構えたのは、途中交替で入った山口蛍だ。
試合後、巷では、蛍は棒立ちで何もできなかったじゃないか、いや、あの場面で蛍がすべきなのはディレイ(相手のプレーを少しでも遅らせること)で、あのポジションは正しい、蛍はノーチャンスだった、など、喧しい議論が飛び交い、長谷部は、蛍を責めるなどまったく間違いと断言しているが、山口は、デブルイネの歩幅の大きいドリブルのリズムを計算し、10m、10mと刻んだ次にデブルイネがボールにタッチするであろうポイントを予測して、そこでボールを刈り取ろうとしていたらしい。
しかし、デブルイネはそれを読んでいて、山口がリズムをとってアプローチしようとした瞬間に、減速してタイミングをずらし、右サイドをフリーで走ってきたムニエにパスを出した。

長友は、ルカークについて走っていたが、土壇場で立ち止まってオフサイドトラップをかけるかどうか迷った末に、失敗した場合の恐怖に負けて、スピードを落とせなかったという。
しかし彼は、デブルイネが右サイドのムニエにパスした瞬間にルカークを捨て、ルカークには誰かが追いつく、それはきっと、こういう時に必ず最も危険な場所を察知してケアする長谷部主将に違いないと信じて、今度はムニエとの間合いを詰め、横パスしか出せないようポジションをとった。
それはそれで完璧な対処だった。

その長谷部は全力でスプリントして最後にルカークに追いつき、これ以上ない最適な場所に身体を入れた。
これでムニエからの折り返しを受けたルカークのシュートは、長谷部によって防がれるはずだった。

・・・しかし、ここでルカークは前述のとおり、足を大きく開いてボールを通過させ、トップスピードで左サイドを上がってきたシャドリにボールが渡った。
スルーの瞬間、ベルギーのマルティネス監督すら、ベンチの前で、どうしてだ?というジェスチャーをしていた。

GKの川島が跳び、ベルギーゴール前から猛然と駆けてきた昌子が背後からタックルを仕掛けるが、ほんの一瞬前に、シャドリはワンタッチでボールをゴールの隅に流し込んだ。
そしてもし仮にシャドリがしくじっていたとしても、そのさらに左方向には、ベルギーで最も危険な選手、アザールが走り込んでいたのだ。
・・・ベルギーが、負けるはずがなかった。

14秒の間に、トップスピードで疾走する選手の頭の中で、多くのアイデアが浮かび、無数の判断がくだされ、高度な技術で、正確なプレーが行われた、両軍ともに。
だがしかし、すべての予測、判断ともに、上回っていたのはベルギーの方だった。
論理的には、ベルギーが勝者となるはずの試合であった。
では、この14秒の中において、日本にチャンスはなかったのか。

常に状況が動くスポーツ、フットボールの場合、いくつものそうしたポイントがある。
このドキュメンタリで指摘されたのは2つ。

パワープレーでベルギーのゴール前に詰めて、本田のFKを頭で合わせようとしていた吉田は、GKクルトワがボールをキャッチした瞬間、クルトワのすぐ隣で、チッ捕られた!と一瞬目線を下げてしまう。
吉田が目を上げた時には、クルトワはデブルイネに向かってボールを転がすところで、デブルイネは今まさにトップスピードに乗らんとしていた。

インタビュウの中で、吉田は両手で顔をこすり、虚ろな眼でうなだれる。
あの時、イエローカードをもらってでもGKを倒して、プレーを切るべきだったと。


2つめは、元日本代表監督であったイヴィツァ・オシム氏が指摘する、山口螢のプレー選択。
デブルイネを待ち受けた山口には、下がってディフェンスする、下がらずにボールを奪いに行くというほかに、もうひとつの選択肢があった。

オシム氏は言う。
「山口は、デブルイネの足元にファウルを仕掛けて止めるしかありませんでした。
それはスポーツマンシップに反する行為で、レッドカードになったと思いますがね。
ですが、故意のファウルは日本人らしくありません。
確かに、フェアプレーを重視することで、日本人は損をすることが多いです。
多すぎるかもしれません。
いや、間違いなく多いでしょう。
そうすることで望ましい結果が得られなくても、それが日本人なのです。」

オシム氏は、南米や欧州の選手なら実行したかもしれない危険なプレイを選択肢の一つとして挙げながらも、日本人なら決してそれはやらないだろうと言っている。
そして、彼特有の達観と諧謔で、それでよかろうと言っているのだ。
かつて日本代表監督に就任した際に、「日本のサッカーを日本化する」と宣言したオシムさんが。

もし、もしそうしたプレーを、W杯のあの状況で選択できる日本の選手がいるとしたら、吉田麻也でも、山口蛍でも、ベンチにいた槙野智章でもなく、今野泰幸がその選手だろうと想像する。
あるいは、2010年の田中マルクス闘莉王だったら、実行しただろうか。


番組は、敗因の要素のひとつとして、急遽代表監督に就任した西野朗の証言も紹介する。
原口と乾貴士のゴールでベルギー相手に2-0とリードした時点で、自分まで舞い上がってしまって、具体的な指示が何も出せなかったと。
試合後も、自分に策がなかったことを悔いる発言をしていたが、この点については、年明けの岡田武史との対談の放送を待ちたい。


以下は、ごく個人的な想い。

長谷部誠の日本代表としての最後のプレーは、非の打ちどころのないスプリントの末に完璧な位置取りで相手エースのシュートを防ごうとするものだった。(ルカクのスルーの判断がその上をいっていたとしても、だ。)
一方吉田麻也は、前述した通り、極めて大きな悔いを残してしまった。
2011年アジアカップ以来、日本代表の敗戦は、いつもすべて吉田麻也と共にあると言っていい。
センターバックというポジションが、いかに重いものであるか。
そういう立場に、第一人者として麻也はいる。
だから麻也、君にはなんとしてでも4年後の捲土重来を果たしてほしい。
2022年、カタールW杯。
34歳を目前とした吉田麻也が、カタールの地で、彼のできる最高のプレーをしてみせることを、私は心から熱望しているのだ。




NHKスペシャル 「ロストフの14秒 日本vs.ベルギー 知られざる物語」は、12/28までなら、NHKオンデマンドで216円で観ることができます。
https://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2018093707SA000/?np_banID=top_sp0002_093707


【関連番組】
●BS1スペシャル『ロストフの死闘 日本vs.ベルギー 知られざる物語』
12月30日(日)[BS1] 21:00〜22:50
「ロストフの14秒」の完全版的な編成だそうです。
語りは、松尾スズキ。

●特別番組『激白!西野 朗×岡田武史』
1月2日(水)[BS1]21:00〜22:49
岡チャンの対談にハズレなし!乞う、ご期待。
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=17180



※過去日記
「あの10分と、魔の2分」
https://mixi.jp/view_diary.pl?id=1968492813&owner_id=24016198

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