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2018年12月15日15:21

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Maria by Callas

クラシック音楽にはまるで縁なく育ってきたけれど、子供の頃からマリア・カラスの名前だけはよく知っていたから、彼女は超弩級のスーパースターであったはずだ。
私の実際のカラス体験は、十代の頃、パゾリーニの『王女メディア』をブラウン管の小型TVで観たのが初めてだが、あの映画のことはもうほとんど忘れてしまった。

だから、私が知っているマリア・カラスは、
1. 稀代のオペラ歌手であったこと
2. 気性が激しく、妥協を知らぬ芸術至上主義者であったため、周囲との衝突が絶えなかったこと
3. ギリシャの海運王オナシスと付き合っていたのに、いつの間にかジャクリーヌ・ケネディに盗られてしまったこと
4. 象のように太ってしまったため、アッと驚く方法でダイエットをやり遂げたこと
5. 後年、声が出なくなってしまったこと
そして、
6. 若くして亡くなったこと
このくらいだ。

フランコ・ゼフィレッリが79歳で撮った『永遠のマリア・カラス』("Callas Forever" 2002)は、米国人プロモーターが引退同然のカラスをカムバックさせるという、彼女のファンなら誰もが思い描く夢を映画で実現させようという作品だが、その夢のあまりの美しさと儚さに、観るたびどうしようもなく泣いてしまうのだった。(こうして書いていても、鼻がツンとしてくる。)
彼女の現役時代を知らない私にとっては、ゼフィレッリのこの作品が、ほぼカラスの総てであり、ここに描かれていることを、私はほとんど丸のまま信用しているのだった。


昨年、ペテルブルグ出身の映像作家トム・ヴォルフが、マリア・カラスの未出版の自叙伝と、これまで非公開であった手紙類を発見し、それをもとに『私は、マリア・カラス』("Maria by Callas")というドキュメンタリ映画を作った。
映像は、かつて撮影されたインタビュウや舞台記録、ニュース映像や8ミリのプライヴェートフィルム、生前のカラスを知る関係者の証言などによって構成されている。
そして『永遠のマリア・カラス』でカラスを演じたファニー・アルダンが、手記や手紙を朗読する。

ニューヨークの少女時代。母親の勧めでギリシャに移住、年齢を2歳偽って音楽学校に入ったエピソード。そして衝撃的なデビュウと順調なキャリア・・。
しかし、ローマで王族や大統領ら錚々たるセレブリティの前で歌うはずの『ノルマ』を1幕きりでキャンセルしてしまう(作曲者のベッリーニも来ていたのに!)など、体調や喉のコンディション不良に悩まされ、世間から激しい攻撃も受けるようになっていく。
ニューヨークのメトロポリタン歌劇場の総支配人と激しいバトルを繰り広げ、あげく7年もの間METから干される、という事件もあったらしい。

そうした中、オナシスと出会い、そのまま恋に落ち、彼女の名声に寄りかかっていた夫と別れることを決意する。
夫の抵抗、そして市民権やら何やらの面倒なハードルを取り除くべく9年の歳月をかけていたある日、彼女は新聞で、かのジャッキー・ケネディが、オナシス夫人の座に就いたことを知る。


・・・彼女のライフヒストリーの話は、このくらいにしておこう。
すでにさんざんに語られてきたことだ。

この映画の何が嬉しいかといって、マリア・カラスの歌声が、映像とともに、確か4曲か5曲、何にも邪魔されずフルコーラスで聴くことができるということだ。
恋は野の鳥、カスタ・ディーヴァ、そして椿姫、カヴァレリア・ルスティカーナの哀しいアリア・・・。
彼女の人生に添うように、カラスの歌声が劇場いっぱいに響く。
椿姫の「過ぎし日よさようなら」を聴きながら涙をこらえることは、もはやできなかった。

これはドキュメンタリ作品である。
ドキュメンタリにも、当然ながら作り手の演出がある。

――試練もあった。けれど私はこれから先の人生を、ずっと愛するあなたと共にいたい。
ファニー・アルダンが、オナシスに宛てたマリアの愛の手紙を切々と朗読する間、スクリーンで見せられるのは、かのジャッキー・ケネディの颯爽と輝くばかりの姿だ。
大きなサングラスをかけ、大勢の人に囲まれて迎えの車に乗り込む華やかな女性について、映像は何も説明しないけれど、カラスが今まさに悲劇の際にいることを、観客は気づかないわけにはゆかない。

50歳になって、復帰コンサートツアーを始めた彼女の最後のステージは東京だった。
ディ・スティファーノとともに舞台に現れ、万雷の拍手の中でいよいよ歌が始まる。
しかしトム・ヴォルフ監督は、この時のカラスの歌声を、我々に聞かせない。
最後まで聞こえるのは、ピアノの伴奏の音だけだ。
これを、マリア・カラスへの愛ゆえの思いやりととるか、芸術の本質たる残酷さととるか・・・。

全編、ほぼマリア・カラスの映像とインタビュウ、ファニー・アルダンによる朗読のみで綴られたこの映画。
マリア・カラスを愛する人には、ぜひ観て(聴いて)いただきたいと思う。
大きな映画館の豪華な椅子に深く掛けて、天井を仰ぐようにして目を閉じ彼女の歌声に身を浸してもらいたい・・・と思うけれど、スクリーン一杯に表現豊かなプリマドンナがいるのだから、目を閉じる、というのは無理な話だ。

映画の最後に、二人の人物への献辞が出てくるが、うち一人は、パリの自宅で最後までカラスを支えた老女のことではなかったかと思う。



『私は、マリア・カラス』は、来週12月21日以降、全国で公開されます。

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