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2018年10月28日15:56

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うつ病九段[読書日記697]

題名:うつ病九段 プロ棋士が将棋を失くした一年間著者:先崎 学(せんざき・まなぶ)
出版:文藝春秋
価格:1250円+税(2018年8月 第5刷発行)
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プロ棋士、先崎学さんのうつ病闘病記です。
うつ病を発症したのは2017年7月。その時期から復帰直前の2018年3月までの体験が綴られています。
私はヘボ将棋を指すので、先崎九段の名前を知っており、本書を手に取りました。

先崎九段に執筆を勧めた、精神科医の兄からの言葉を引用します。
“私は、どんな内容にすればいいんだろうと躊躇した。
 「学が経験したことをそのまま書けばいい、本物のうつ病のことをきちんと書いた本というのは実は少ないんだ。うつっぽい、とか軽いうつの人が書いたものは多い。
 でも本物のうつ病というのは、まったく違うものなんだ。ごっちゃになっている。うつ病は辛い病気だが死ななければ必ず治るんだ」”(177p)

この本には目次がなく、時系列に並んだ文章に1〜20の番号がついています。
以下文章の先頭の数字は、本書の1〜20のどれかを示したものです。

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印象に残った文章を引用します。

まず、発症に至った原因と思われることを書いた文章を2つ。
1:
“この半年(2017年前半)以上、日本将棋連盟はいわゆる「不正ソフト使用疑惑事件」のことで揺れに揺れていた。
 真相を究明するために第三者委員会ができ、理事の半数以上が会員(棋士)の投票によって解任されるという異常事態が起きていた。将棋連盟はほとんど組織の体をなしておらず、行政の指導やらスポンサーの契約金の減額などという物騒なことばが飛び交っていた”(5p)

1:
“そのころ、私が長年かかわった漫画作品(※「3月のライオン」)が映画になって封切りされた。私はこの映画で、地に落ちた将棋界のマイナスイメージを払拭させてやろう、一発逆転をしてやろうと張り切って、すべての仕事を受けた。
 原稿、イベント、取材、ほとんど休みがなかった”(6p)

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精神科医である兄の勧めで慶応大学病院精神神経科に入院した時のエピソード。
5:
“(病院の)休憩室でテレビを見ていると、ひふみんこと加藤一二三先生がよくテレビに出てきた。
 それだけでも充分驚きだったのに、そのたびに皆が藤井聡太君のはなしをするのだ。精神科の病棟にて、オバちゃんや若い子が、こちらが棋士だとは知らずに将棋のはなしをする。いわゆる「藤井ブーム」を知らない私には、世界が反転して裏側の世界にいるような衝撃だった”(45p)

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リハビリ中に言われて嬉しかった言葉。
9:
“はじめに(リハビリに)失敗したので、次は慎重になる必要があった。私が連絡したのは高浜愛子女流二段だった。彼女とは同じボクシング仲間であり、ジムに行こうという口実もあり誘いやすかった。(略)
 私は丸一ヶ月間も離れていて、仲間と会うのは君がはじめてなんだといった。その時高浜さんが返した一言を忘れることはないだろう。
 「光栄です」
 なんてことはない一言である。彼女だって何も考えずに自然に発したに違いない。だが、このことばに私は激しく心を揺さぶられたのだった。そうか自分もまだまだ価値のある存在なんだ。棋士として後輩に尊敬されるんだ”(77〜78p)

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回復期の12月に将棋連盟にプロ同士の対局を観戦に行った時に感じたプロ棋士のエネルギーについて。
15:
“そのうち胸が苦しくなってきた。対局中の棋士のエネルギーは周りの人間を排除するのである。それは知ってはいたが、まさか自分がその対象になるとは思わなかった”(149p)

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精神科医である兄の言葉を2つ。
18:
“私はそのころ気になりはじめていた、うつ病に対する社会や人々の偏見について(精神科医である兄に)訊いてみた。
 「偏見はなくならないよ」(略)
 「人間というのは自分の理性でわからない物事に直面すると、自然と遠ざかるようになっているんだ。
 うつ病というのはまさにそれだ。何が苦しいのか、まわりはまったくわからない。いくら病気についての知識が普及したところで、どこまでいっても当事者以外には理解できない病気なんだよ。学はよくわかるだろう」”(171p)

18:
“「修羅場をくぐったまともな精神科医というのは、自殺ということばを聞いただけで身の毛が逆立つものなんだ。究極的にいえば、精神科医というのは患者を自殺させないというためだけにいるんだ」”(174p)

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将棋を教える仕事で出会った忘れられない光景について。
19:
“私は若いころから雑多な仕事をしたほうで、多くの先輩に連れられて全国をまわった。
 まったく仕事を選ばなかったので、いわゆるお偉いさんとの宴席から真逆の仕事まで、なんでもしたものである。
 真逆の仕事とは、全国の障害者施設、老人ホーム、刑務所などで将棋を教える仕事だった。(略)
 東北の障害者施設に行った時のこと、忘れられない光景があった。朝の十時ごろに将棋のNHK杯がはじまると、入所者の男性の多くが群がるようにテレビに集まってくるのだ。
 様々な障害を持った人たちが、今日はどっちが勝つか、次はどう指すかで元気よく喋っている。所員の人にこんなことは週一度のこの時間しかありえないといわれた”(182p)

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最後に将棋についての著者の信念を引用して、締めくくります。
19:
“将棋は、弱者、マイノリティーのためにあるゲームだと信じて生きてきた。国籍、性別、肉体的なことから一切公平なゲーム、それが将棋だ。
 私は、その将棋のプロであることに誇りを持って生きてきた。
 うつ病になったのを周りに隠さず、病院にも皆に来てもらったのは、こうした私の思想的バックボーンがあったからだ。そしてこの本を書く有力な動機にもなった”(184p)

うつ病の大変さの一端が分かり、また将棋の魅力も再確認できた本でした。

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先崎 学(せんざき・まなぶ)
1970年、青森県生まれ。
1981年、小学五年のときに米長邦雄永世棋聖門下で奨励会入会。
1987年に四段になりプロデビュー。1991年、第40回NHK杯戦で同い年の羽生善治(現竜王)を準決勝で破り棋戦初優勝。棋戦優勝二回。A級在位二期。2014年に九段に。
2017年7月にうつ病を発症し、慶応大学病院に入院。8月に日本将棋連盟を通して休場を発表した。
そして一年間の闘病を経て2018年6月、順位戦で復活を果たす。本書はその発症から回復までの日々を本人自ら大胆に綴った手記である。

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