昨日の日記はひどかった。
公開に耐えられないから、Wordにお蔵入りさせておこう。
という感じで、主観的にはあまりよろしくない精神状態なのだけど、客観的にはそうでもないみたい。ちゃんと進歩している。
今日のご飯。
ちくわ敷いてレンチン新じゃがいもとエリンギの生地の上にチーズ、ピーマンの輪切りのピザ。もっと良い時だったらケチャップも足せていた。
人参ともやしのナムル。
これは弁当習慣から培ったやつ。
サラダは、豆腐とレタスときゅうりとトマトの鰹節かけたゴマドレで良いかなと思っていたら、なぜか白和えとポテトサラダの要素を取り入れた創作サラダになった。
水を切った豆腐、ゆで卵、塩揉みきゅうり、ミニトマト、乾燥わかめに、味噌、白だし、胡椒、マヨネーズ、ごま油を加えて練って。レタスを敷いた皿に盛って鰹節をまぶす。
精神的に沈んでいる奴はこんなに料理に労力をかけらなれないはず、という観測。
ネットサーフィンもしてみたけど、そうそうに飽きた。
都市伝説とか未来人とか陰謀論とか見てみたけど、あんまり没頭できなかった。
ネットの情報って、丸呑みするか食べないかの二択しかないものが多いから面白くないなぁって。
あとは運動が日常に組み込まれたら一応問題はない。
落ち込みそうな気配というか、何をしたら良いか選べなりそうになったら走ろう。
学問なのか神経系なのか、努力はちゃんと日常に組み込まれている。
民事訴訟法のややこしい所をエクセルで表にまとめてみたりして。
エクセルの方がワードより冗長にならなくて良いなって思っていたら、ちゃんと本の中に必要な図表があったりして、この図表はエクセルでこうやって作成しているのだなって。
こういう外部ツールを利用する最終目的は、自分の脳内に同じ空間を作るところにあると思うから、こういうどうやってできたのかって分解できるようになるのは良いこと。
関数だって脳内にその方程式があるのかどうかでは誰かに見せる時に分かり易さが変わってくるはず。
パソコン触って慣れるっていう目的にも合致するし、一石何鳥か分からない。
道具は使われるものではなくて使うものだ。
という流れで、内部ツールの話。
自分を目的達成の道具に見立てると、使いこなして磨いていく必要がある。
大きく振りかぶってっていう野球漫画で読んだし、ベイビーステップにもあったけど、メンタルトレーニングっていう概念もあるように、精神というか性格は変化できるものだとすると、当人の魂にはこういうものは関係ないということにはならないか。
本当の自分のスペックって分かることなく一生を過ごす人の方が多いような。
自分であえて負荷を与えていかないと浮彫りにならない。
そうして。
書く訓練は、目標に掲げたところまであと16秒のところまできた。
600文字程度を10分くらいで書けるようになったから、下手したらキーボードで打つより早いかもしれない。読みやすさじゃ負けるけど、そこは十分切れるようになってから調整する予定。
あとは周辺視野のトレーニングもぼちぼち毎日記録更新している。
まだまだ上限ではない模様。
脳トレアプリの方は伸び悩んでいるけど、過渡期だからしょうがない。
最後。
昨日の日記のかいつまみだけど、人が自分の上限を決めるのって内側ではなくて、外側の方が多いのだろうなって。
場の境界線と表現していた。
出る杭は打たれるっていう言葉があるように、価値観から標準を強制されることに慣れていくと、安全圏内には居られるけど、変化ができなくなる。
変化が必要かって言われると、必ずしもそうではない。
むしろ要らない人の方が多い。
場に縛られた窮屈さが本当に嫌なのかなんだかんだ心地よいのかは人それぞれ。
思考が固まってしまうのは怖い。
おしまい。
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