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2018年03月08日20:03

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人間関係=お神輿わっしょい=お神輿ひきずりのススメ

人生の諸問題は自分、相手、環境という3つの領域で考えていくのが基本だ。

自分の領域では最善を尽くす。「自分以外の領域」については自分の領域で可能な働きかけは行い祈りはするが望みはしない。

「相手」と「環境」の領域の違いは「相手」は立場を変えれば「自分」の領域になりえるということ。一方、「環境の領域」は感情なく常に客観的な事実に基づいた領域だということ。

上記を基本原則とした上で人間関係を考えてみる。それまで親しくしていた相手と険悪になるケースを想定する。たとえば「恋人が別れ話をきかっけにストーカーへ」という変化したケース(ケース1)や、仲の良い友人や親族が何かをきっかけに仲たがいしたケース(ケース2)が具体的な事例となるだろう。

言うまでも無く、「人間関係」は「自分」と「相手」の双方に関わる領域だ。「人間関係」は2人がかりで運ぶ「お神輿」のようなものだ。双方が神輿をかつぐ努力をする限り、相応に重い神輿を運べる。他方、片方が神輿を担ぐ意志をなくすと、もう一人がどれだけ力持ちでも維持できず神輿を落とす。落とし方や地面の状況によっては神輿は壊れてしまう。

自分の意志で人間関係を切った側は「もともとそのつもり」なのでさほど衝撃は無い。ほっぽり出すことで「お神輿という重荷」から開放されて自由を満喫できる。一方の人間関係を切られた側はそれまでの良好な関係をひきずるので変化に対応しきれない場合がある。
ケース1の場合は「相手に神輿を担ぐよう強制して相手の領域に侵略行為を起こす」=「相手を追い掛け回すストーカー」と化してしまうこともありえる。ケース2の場合は切られた側の性格や性質にもよるが、少なくとも関係を維持する努力を続けようにも限界があるだろう。

またお神輿を見ている第三者の心情も考慮されるべきものだ。担ぎ手2名の問題として優先されることに変わりはないが、お神輿を楽しみに見ていた聴衆からすれば残念に思うことだろう。

幸いにして私はケース1において当事者になったことは無いが、ケース2はけっこう頻繁に遭遇する。

ご存知の通り、私は人間関係(厳密には他人の練り上げられた思考を知ること)」が大好きである。なのでもっぱら「逃げ遅れて取り残される側」になりやすい。
普段は逃げ足の速さが自慢なのに、こういった件では大概取り残される側になる。
ただ、「精神ダメージ100分の1の能力(自称)」があるのでよほどの打撃でなければノーダメージに等しいので「ほっぽり出されて取り残されてもそのまま戦場カメラマンとなって観察を続ける」ことが多い。

自称戦場カメラマンのおすすめは「決してお神輿を単独で持ち上げようとせず、引きずり続けること」である。あくまでも自分は良好な関係を維持したいというアピールをしつつ、自分の領域で可能なことを行うだけなので十分可能だ。単独で持ち上げようという無理をすると足腰を痛める(笑)。お神輿を楽しみに見ていた第三者からすれば「ハナーは努力しているのに、なぜもう一方はほっぽりだした?」となる。

実例:�/�場にて
職場でむやみやたらと挑発的な相手にもにこやかな挨拶をし続ける。不自然にならない範囲でエレベーターや扉を開けて待ってあげたりする。攻撃的な言動や無視をされても一向に動じず、むしろ心配してあげる。第三者が見ればどちらに非があるのかは明らかになっていく。この方法の優れているところは、もし相手も関係を修復したいと思っている場合は修復が容易なことだ。相手が敵対するつもりで居る場合、どんどん腹を立てて相手が自爆する。実際、孤立したのは相手のほうで、ケンカではないので両成敗はならない。相手だけが会社のルールと戦うこととなり始末書を書くハメになった。

実例:��家庭にて
何らかの行き違いで相方が怒ってしまい口を利いてくれないケース。「不満があったら言ってくれ」「言う気持ちになったらいってくれ」「言ってくれない不満には対応できないし、言わない限りは君が悪い」と言いつつ、いつもと同じく自分の分担の家事を行い、たとえ無視されても挨拶もにこやかに行う。実際、相手自身が話す気になってくれなければ、問題の認識ができないのでどうしようもないわけで。下手に推測で解決しようとしてもそこに間違いがあれば被害が拡大することも多い。こちらまで感情的になって逃げたりしたら破綻する。常に声が届くところにいて相手が話す気持ちになるのを読書でもしながらじっと待つ。いざ相手が話してくれたなら可能な限り向き合い、要望に応えられない場合は理由を説明し謝罪する。自分が自分の領域で行える最善を尽くしていたら、それ以上は下手に媚びたりしないことだ。

対して、お神輿をほっぽり出した側が有利に立ち回ろうとするなら、周囲が納得するだけの「お神輿をほっぽり出した理由」の提示が必要だろう。そうでなければ周囲の第三者も納得しない。当事者以外は基本的に「皆仲良く」を推奨する(争いを煽る方々もいるにはいるが)。むろん、孤立路線で「自分が嫌なものは嫌だからほっといて!」となればそれは相手の孤立化につながるわけだ。

「嫌いなものは嫌い!」というのはよいが、周囲のマイナス感情を無視してでも押し切りたいほどの感情なのかどうか?よく考えるほうがよいだろう。

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