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2018年03月03日08:48

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選手はルール内で最善を尽くすもの その2

■JBCが山中戦で体重超過のネリに1年間の日本への招聘禁止処分
(THE PAGE - 03月03日 04:42)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=177&from=diary&id=5010765

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この手のニュースが出るたびに思うところがある。

ルールの不備について、より責められるべきは選手ではなくて「ルール制定者」ではなかろうか? ということだ。

「白鵬のカチ上げ」にしても「ネリの体重超過」にしても「強打者への連続敬遠」「カット打法」にしても「ルール上の不備」という印象がある。

むろん気分の良いものではないし、ほめられたものではないし正々堂々とは程遠いが。

それでも選手はルール内で最善を尽くすものだ。場合によっては「ルールの穴を突くこと」も含まれる。選手にルールを作る権限はないのだから。

権限がないことを責めるのはフェアではない。
ルールの不備を突く気持ち悪さについては彼らが嫌われる要因にはなる。だがルール制定の権限がないにもかかわらずルールの不備の責任を選手に負わせるのは違うと思う。

たとえば過去の奴隷制度やいけにえ制度は現在の基準では野蛮とされるわけだが、当時は野蛮ではない。現在の価値基準で過去を責めるのは筋違いだ。
同様に現時点では不法行為ではないとされている行為が20年後に重罪になったとして。20年後の人間から見て「野蛮」と言われるようなものか。

あくまでも「その時点で会った基準やルール」で考えなければならない。


【まとめ】
・ルールの不備について責められるべきは制定者なので競技者を責めても筋違い
・権限なくして責任なし、責めるべきはルール制定者、変えるべきはルールであって競技者ではない
・善悪と好き嫌いを同列に語ろうとするから問題がややこしくなっている

「性格がサムライとは程遠く、手段を択ばないニンジャな私」とてネリ選手のやり口は大嫌いだ。だが、ルール上問題ないとされる点の責任を選手にかぶせるべきではない。
感情的になってそこを混同すると問題は解決しない。
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