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2018年02月14日21:27

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エルサレム、サッカーの敵

2011年に始まったヨコハマ・フットボール映画祭も、今回で第8回を数える。
黄金町の古い小さな映画館で産声を上げ、みなとみらいにある無用に小洒落たシアターに場所を移し、仙台や秋葉原や福岡などヨコハマ以外の場所でも関連上映を続けながら、今年は関内の横浜開港記念会館、通称「ジャック」のホールを2日間借り切って行われた。
座席の傾斜がゆるいため、映画を観るのにあまり適していない会場であることは否めないが、それでもこのアクセスのよさ、これぞヨコハマという雰囲気は、他に替えがたいものがある。


今年上映された作品8つのうち、ダントツで興味を惹かれたのが、イスラエルリーグを扱ったドキュメンタリー『ベイタル・エルサレムFCの排斥主義』(原題“Forever Pure”)だ。

冒頭のナレーションで、ベイタルFCは、その右翼的性格から、イスラエルリーグにおいて最も物議をかもすことの多いクラブであることが紹介される。
1936年にシオニズムの活動家によって設立されたこのクラブは、当初からアラブ人の選手をとらない方針を貫いているイスラエル唯一のクラブだ。
中心となるサポーターは、「ラ・ファミリア」と名乗る、労働者階級の右翼主義者たち。
ベイタルを愛してる、アラブ人に死を、俺たちは決して混じらない(“Forever Pure”)、とスタンドで歌い続ける彼らは、こうした集団がたいていそうであるように、クラブに強い影響力を持っている。

数年前、ロシアからイスラエルに移り住んだオリガルヒ(寡頭資本家)アルカディ・ガイダマク氏が、ベイタルを買収した。
資金繰りはよくなり、成績も向上したが、ニヤニヤと笑いながらサッカーには全く興味が無いと言って憚らないこのオーナーは、クラブのサポーターの票によってエルサレムの市長になることが実際の目的だった。
クラブ買収から3年、結局彼は選挙でほんのわずかの票しか獲得することができず、その野望は失敗に終わった。
しかし、次いで彼は、だしぬけに、ロシア連邦チェチェン共和国での親善試合を決定した。
なぜ、チェチェン?
選手らは「生きて帰れるといいけどね」とジョークを飛ばすが、この遠征にはとんでもないオマケがついていた。

遠征が終わると、クラブは突然、チェチェンから二人の選手を移籍させると発表したのだ。
ガイダマクがこの移籍で何を目論んだかは映画の中ではっきりと触れなかったが、当然2国間の利権がからんでのことだろう。
ボディガードに挟まれるようにして飛行機でエルサレムに到着したのは、24歳の点取り屋サダエフと、17歳のディフェンダー、カディエフだった。
二人ともチェチェン・ムスリムではあるが、アラブではない。
しかし、「アラブ」を敵としか見ない連中にとって、そんなことは全く意味を成さなかった。

言葉も通じない、どうして自分がこのクラブに売られたのかもわからない、よってこの先自分がどうなるのか見当もつかない彼らに言葉をかけるのは、アルゼンチンから来た助っ人選手と、チームキャプテンであるゴールキーパー、アリエル・ハルシュのたった二人だけだった。

練習場に二人が姿を現しただけで、大挙してやって来たラ・ファミリアが二人に罵声を浴びせる。
消えてうせろ!アラブに死を!俺たちの魂を売ったガイダマクはどこにいる!

そして試合。
先発したサダエフがボールを持つたびに、罵声が飛び、指笛が鳴り響く。
ベンチスタートだったカディエフが途中からアップを始めただけで、スタンドは騒然とする。
読むに耐えない横断幕、聞くに堪えない野次。
以来、チームは勝てなくなった。
次第に下がってゆく順位にいらだつファンたち。
とうとう、ベンチにいたカディエフと、その真後ろから罵声を浴びせ続けていた男が試合中に掴み合いになり、息子のためにチェチェンから来ていた母親の目の前で、カディエフはレッドカードを受けてしまう。
以来彼の出場はなかった。

チーム生え抜きでキャプテンのハルシュは、受け入れるのは難しいかもしれないが、チームのために団結しようと、SNSで訴える。
ところが、事態はさらに悲劇的な方向へ向かう。
点取り屋のサダエフが、とうとうゴールを奪った。
喜んで抱き合う選手たち。
サダエフだぞ!彼がゴールを決めたんだ!
すると、スタンドの歓声は、忽ちにして怒号に変じた。
サダエフに向かって凄まじいブーイングが沸きおこり、ラ・ファミリアは次々に席を立ってしまうのだ。
彼らは試合をボイコットし、やがて穏健派のファンたちも、試合に足を運ばなくなる。
そして、前のシーズンで英雄に祭り上げられていたキャプテンのハルシュは、練習場で、そして自宅の前でも、徒党を組んだ連中から、ハルシュは死んだ、ハルシュは裏切り者!と大声で罵られる。
そんな中、ベイタルのクラブハウスが、不審者による放火で半焼するという事件が起きる。
これまでに獲得した数々の優勝カップや盾、そして世界中のプレイヤーから贈られたユニフォームが、黒焦げになって残された。


ファンの消えたスタジアム、勝てない試合。
チームの若手は耐え切れずに「ファンがいなくて淋しい」とSNSに書き込んだが、ラ・ファミリアはそれを機に熱狂的に彼を支持し、選手の分断をはかる。
ベイタルは、もはやチームの態をなしていなかった。

シーズン最終節。
この試合を落としたらクラブの2部降格が決まるという試合。
相手はアラブ人のチームだ。
試合最大のピンチをハルシュのファインセーブでしのぎ、0−0で引き分けたベイタルは、かろうじて降格を免れたが、試合終了のホイッスルとともに、カディエフとサダエフはそのまま空港へ向かい、逃げるようにしてチェチェンに戻った。
試合終了後も、英雄であるはずのハルシュにむけた罵声は止むことがなかった。



酷いものを見てしまった。
酷いのは、映画ではなく、そこに映された現実のことだ。
オーナーのガイダマクは、今回の騒動の元凶ではあるけれど、昨今のサッカー界を掻きまわしている巨悪の一人であり、言ってみれば、時代が変われば別の悪がそこに居座る、社会の闇のようなものだ。
フットボールがここまで大きくなってしまった以上、もう我々にどうこうできるものではない。

私が怒りを覚えるのは、その巨悪が弄んだ選手を、一緒になって傷つけ愚弄した、街の連中だ。
議会や戦場や密室ではなく、街でサッカーを語る者として、私は彼らを弾劾する。
彼らが愛しているのは、サッカーではない、選手でもない、クラブでもない。
いいや。
サッカーを愛していない自称サポーター、こんな例は我々の身近に掃いて捨てるほどいるな。
だから、そうではないのだ。
サッカーなんて、ささいな愉しみじゃないか。
誰もが遊べて、誰もが夢を見られる愉快な遊び。
それに比べたら、民族や宗教は、もっと重要な問題なんじゃないのか。
そんな大切な問題を、わざわざ自分たちの低いレベルまで引き下げて、選手のプレーの機会を奪ったり、昨日までのヒーローに手のひらを返して罵倒したり、そんな必要がどこにあるのか。
あなた方の敵は、誰なのか。
その愚かな振舞いで利するのは、誰なのか。

俺はムスリムは大嫌いだ、けどサダエフはよくやってくれた。
キャプテンの言ってることに賛成はできないが、彼はこれまで何度も危機を救ってくれたし、チームになくてはならない存在だ。
・・・それで、いいではないか。


エンドロール近くで、彼らのその後が簡単に紹介された。
点取り屋のサダエフは、その後ポーランドリーグに移籍し、得点王に輝いたという。
(ベイタルの次に所属したのは、松井大輔が去った直後のレヒア・グダニスク、翌年からレッチ・ポズナンに移籍。しかし、記録を見る限りサダエフがリーグ得点王になった形跡はないから、「チーム内得点王」であったのかもしれない。)

若いカディエフは、調べたところ、あの後故郷のグロズヌイに戻って、なんとフォワードとして大活躍、14得点を挙げた後、2017-2018シーズンからは、黒海のすぐ近くにあるロシア連邦アディゲ共和国の首府マイコープでプレーしている。
現在24歳、まだまだどう化けるかわからない年齢だ。

チームキャプテンであったアリエル・ハルシュは、ベイタルを石持て追われた後、ライバルチームのマッカビ・ナターニャ、その後ハポエル・テルアヴィヴでレギュラーとしてプレーした後、現在はキプロスのファマグスタで、かつてベイタルで監督も務めたロニー・レヴィの下でプレーしている。
現在29歳、ゴールキーパーとして円熟期を迎えるところだろう。

そしてすべての元凶、アルカディ・ガイダマクはその後脱税容疑で7年の刑を宣告されるが、4ヶ月の服役後、自宅監禁に処分がゆるんだらしい。
この種の悪人は、大抵の場合、上手く逃げおおせるものだ。
極東に住む一サッカーファンとしては、お前さんタタミで死ねると思うなよ、と毒づいておくのが精一杯というところだ。

さて、ではベイタルのファンはあの後どうなったか。
映画は最後に、「穏健派のサポーターは、新しいクラブの設立を目指した」という。
サポーターによる新たな市民クラブ設立、というと、横浜フリューゲルス消滅を受けてサポーターが立ち上げた横浜FCのことがすぐさま想起させられるが、エルサレムで、良識ある人たちはどうしたか。

クラブハウスを焼き、功労者につばを吐きかけ、チームを崩壊させたラ・ファミリアに業を煮やした穏健派のサポーターは、事件の後、「ベイタル・ノルディア」というチームを立ち上げたが、権利の関係で「ベイタル」の呼称を使えず、「アグダッド・スポルツ・ノルディア」として、イスラエル5部リーグに参加し、立て続けに優勝を飾って現在は3部リーグにいる。
国内のアラブ系選手2名も加わり、イスラエル社会から「ベイタルの設立当初の本質であった心と魂を生き返らせた」と、その共存の姿勢を賞賛されているという。
そして2016年にはユースチームも発足させ、イスラエルの限りあるサッカーインフラの中で、なかなかに健闘しているようだ。
(新チーム発足に関しては、”VICE SPORTS” Jan.4, 2017 Reuben Lewis氏のレポートを一部参考にしました。
https://sports.vice.com/en_ca/article/bmq7vz/breakaway-club-beitar-nordia-are-rejecting-the-racism-of-la-familias-far-right-ultras )


胸の悪くなる現実を、嫌というほど見せつけられた映画だったが、その分得るところの極めて大きい作品だった。
2016年のエルサレム映画祭で、監督のマヤ・ズィンシュテイン氏が監督賞を受賞したそうだ。
どこかの外国でなく、お膝元でこの作品が評価されたことが、何より嬉しい。
次回のヨコハマ・フットボール映画祭にも、大いに期待したい。



〜映画の予告編はこちらです〜
https://www.youtube.com/watch?v=bm42nP1OcCY



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