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2017年10月28日22:17

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闘う文豪とナチス・ドイツ[読書日記650]

題名:闘う文豪とナチス・ドイツ トーマス・マンの亡命日記
著者:池内 紀(いけうち・おさむ)
出版:中公新書
価格:820円+税(2017年8月 発行)
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ドイツの作家:トーマス・マン(Thomas Mann)の日記から第二次世界大戦前後の時代を振り返った内容です。
本の帯に“独裁者にペンで立ち向かった男”とあり、興味を惹かれて読み始めました。

表紙裏の内容紹介を引用します。
“大作「ブッデンブローグ家の人々」で若くして名声を獲得し、五十四歳でノーベル文学賞を受賞したドイツ人作家トーマス・マン。だが、ファシズムの台頭で運命は暗転する。体制に批判的なマンをナチスは国外追放に。
以降、アメリカをおもな拠点に、講演やラジオ放送を通じてヒトラー打倒を訴え続け、その亡命生活は二十年近くに及んだ。激動の時代を、マンはどう見つめ、記録したか。
遺された浩瀚(こうかん)な日記から浮かび上がる闘いの軌跡”

「国外追放」のくだりは、次のように書かれています。
“おりしもトーマス・マンはミュンヘンのゲーテ協会から講演を依頼されていた。(略)
 その(講演の)なかでヒトラーによるワーグナー偶像化を痛烈に批判した。翌日、かねてから予定していたオランダ・フランスでの短期講演旅行に出発。ナチ党幹部はこの機会を待っていたかのように、国外に出たマンに帰国差しとめを通告した”(iip)

著者は、この日記の特殊性について「あとがき」で次のように解説しています。
“(日記の)多くは自分の手で焼却したが、ナチス・ドイツの成立から、その終焉を見届ける日記は、きちんと封印して後世に残した。
亡命のさなかにつづり、長男の自殺を知らされた日にも書き継いだ。私的な記録である以上に、同時代の記憶装置として設置されたかのようなのだ”(224p)

本書で特に興味深いのは、ナチス・ドイツの狡猾な国家運営について触れている箇所です。
3つ抜粋しましょう。
1.
“ナチスはニュルンベルクで開催する全国党大会を、つねに大々的な祝典劇として演出した。一糸乱れぬSA(突撃隊)、SS(親衛隊)やヒトラー・ユーゲントの行進。立ち並ぶ隊旗。たいまつ行進をはじめとする効果的な火と光の使い方。
 そこにはつねにワーグナーの音楽がつきそっていた。ワーグナー特有の神秘性と運命的な劇的構成が、「救世主」ヒトラーのイメージを高めていく”(24p)

2.
“ナチス当局は(マンの妻の実家であるプリングスハイム家の陶磁器、銀細工品コレクションを奪うために)一つの条件を持ち出してきた。
 銀行に保管中のプリングスハイム・コレクションを売り立てにかけ、売り上げ金の四分の三を国家に「上納」するならば出国許可を出す。これもまたナチスが数かぎりなく実施した合法的収奪の一つである”(34p)

3.
“ゲッペルスを大臣にいただくナチス宣伝省は国内だけでなく、ひろく国外にもプロパガンダ戦術をくりひろげた。
 とりわけドイツ人町の点在する東欧一帯に力をそそいだ。そして「事実」を捏造し、大々的に言い立て、偽造が明るみに出ると転嫁し、そののち居直って逆襲に出るのは宣伝省の常套手段だった。(50p)

もう1つ、トーマス・マンが政治的人間であり、ナチスの危険性を早くから見抜いていたと分かる箇所2つも引用します。
1.
“極右と共産主義が血で血を洗うような闘争をくり返していたワイマール共和国の時代にも、またナチスが台頭してくる1930年代になってからも、マンは発言をつづけた。
 右にも左にも組せず、リベラリズムの立場から論陣に加わった。
 ナチスが権力を握るやいなや、直ちにマンをブラック・リストに入れたのは、ホモ・ポリティクス(政治的人間)の危険性をよく知っていたからだろう”(93p)

2.
“マンは早くから、ヒトラー体制を支えていたものが強制収容所とゲシュタポという「装置」であることを見通していた。
 そこから巧みなシステムが編み上げられた。つまり、当事者が表に現われない。仕方がないと呟きながら、おおかたの市民は良心を抑えつけ、口を閉ざしていられる”(165p)

著者の池内紀さんは『トーマス・マン日記』全十巻を訳した方で、完訳後に『トーマス・マン日記』についてのエッセイを書いたことが本書につながったと「あとがき」にあります。
“日記から、モチーフ(例えば同時代の作家レマルクのこと等)を見つけ、時間軸にそって、マンの見方をたどりながら人と出来事を取り上げていく”(225p)と書いていますが、それがおそろしく時間のかかる作業だったことは容易に想像できます。
著者のトーマス・マンへの尊敬が感じられる本でした。

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池内 紀(いけうち・おさむ)
1940年(昭和15年)、兵庫県姫路生まれ。ドイツ文学者、エッセイスト。
著訳書
『海山のあいだ』『見知らぬオトカム 辻まことの肖像』
『消えた国 追われた人々 東プロシアの旅』
『ことばの哲学 関口存男のこと』『恩地孝四郎 一つの伝記』
ゲーテ『ファウスト』『カフカ・コレクション』(全8巻)ほか
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