助言が効果を及ぼすためには様々なハードルがある。
助言の構造を以前野球に例えたことがあるが、女性向けに料理にもたとえてみる。
(?)がついている場合、私自身がしっくり来ていない単語である。
もし、より適切な単語があれば教えていただきたい。
この文書自体がある種の助言であり、メタ構造となっているのも軽く頭に入れながら
読んでいただけると楽しんでいただきやすいだろう。
�―�言=提供する料理=投げる球
�⊇�言者=調理師=投手
��助言を受ける者=客=捕手
(論理から料理へのたとえ)
助言の目的は助言によって相手の状態をよくすることである。
結果的に事態が好転する、全体利益に寄与することがほとんどである。
料理の提供で客に幸福を味わってもらうのと極めて近しい。
助言を受け入れない相手に腹を立てるとか助言を相手に強制するなんてーのは本末転倒なのだが、
なぜか自分の助言を聞き入れないというだけで敵認定してしまう事例は多いようだ。
また、相手が受け入れる態勢にないのにいくら正しい助言をしても意味がない。
�そ衢�知識や情報=調理素材=投手の基礎体力(?)
�ゲ魴莢歛蝓甬劼旅イ澆簑猟粥福�)=打ち取るべき打者
�ο斥�構成=調理法や用いる食器=球種やコース
�Ъ�け手の論理能力=好みの広さ=捕手の捕球能力
(論理から野球へのたとえ)
いくら課題解決のためとはいえ非現実的な提案は意味がない。
かといって無難すぎる提案では課題をクリアできない。
いくら打者に打たせたくないからと言って捕手が捕れないボールを投げては意味がない。
かといって甘いボールは打者に打たれてしまう。
(論理から料理へのたとえ)
乳飲み子相手に銀食器でフルコース提供をしても喜ばれない。
乳飲み子が相手なら哺乳瓶で粉ミルクでも与えたほうがよい。
絶対的に正しい助言だとしても伝え方を誤ればむしろ逆効果になることすらある。また、相手が動物モード(論理理解力皆無)の場合はそもそも助言ではなく行うべきは「調教」だったりする。相手が「でもでもだって」で受け入れないのなら助言は成立しない。「これだけ正しい助言をしてるのに、受け入れないのは相手が悪いんだもん!」と投げ手まで拗ねては意味がない。そもそも助言で相手を救いたいという志を忘れてはなるまいよ(笑)。
議論は一定程度の論理理解力がある相手と出なければ成立しない。私と異なる意見は大歓迎で、むしろ大好物だが、論理理解力があまりに低い相手に遭遇するとちょっとだけ意地の悪い調教モードになってしまうことがあるかなと。
�┫愀言�
全く同一の助言でもいう人と言われる人の関係性で説得力は大きく変わる。
「人命は地球より重い」といったのがガンジーなのか切り裂きジャックなのかでは
感覚的に違うわけだ。発言者によって意味が変わってしまうのは狭義の意味では論理的ではないのだが、広義の意味では多大な影響があるということだ。
ログインしてコメントを確認・投稿する