mixiユーザー(id:3102427)

Javascript の設定が無効になっているため、一部の機能を利用できません。

詳細はヘルプをご覧ください。

2017年04月21日19:35

243 view

「おだまり､ﾛｰｽﾞ」／ﾛｼﾞｰﾅ・ﾊﾘｿﾝ/監：新井潤美/訳：新井雅代

20世紀初頭の「古き良きイギリス」最後の時代のお屋敷の
内側を描いた、実在の使用人の回想録。
正に、リアル「ダウントン・アビー」（同時代の貴族社会を描いたドラマ）だ！

著者ロジーナ・ハリソン(Rosina Harrison）は
1899年、イギリス、ヨークシャーに
石工の父と洗濯メイドの母の長女として生まれ、
当時の庶民には不可能な、旅行がしてみたいという夢を抱いていた。
娘の賢さを知る母親は、
メイドとして格上の「お屋敷の女主人付きメイド」になれば、
お供をして旅行ができると教え、
フランス語と洋裁の技術を身に付けさせた。(偉い母だな～)

1918年、18歳でお屋敷の令嬢付きメイドとしてキャリアスタート。
２つの名家で何人かのレディに仕えた後、
1928年、アスター子爵家の令嬢付きメイドとなり、
同年、子爵夫人ナンシー付きメイドに昇格した。

左：社交界の花形、レディ・アスター。イギリス下院初の女性議員。
右：ローズ。29歳から35年間、レディ・アスターに仕えた。

このアスター家の初代ウィリアム・ウォルド―フは、アメリカの大富豪で、
子爵の位を金で買ってイギリスへ移ってきた。

長男ウォルド―フが、イートン校からオックスフォード大学に進み、
イギリス紳士として育ち、
アメリカの大金持ちの娘で離婚歴のあるナンシーと結婚した。
それが本作の主人公、子爵夫人レディー・アスターである。

彼女は、才色兼備な社交界の花形。
イギリス初の女性下院議員になり、内外の王族・文人・政治家と交流が深い一方、
エキセントリックな性格で、
実はメイドが居つかない女主人だった。

しかし、
ローズは雇用主にも臆せず物を言う性格を気に入られ、
「おだまり、ローズ」とパワフルで毒舌家の奥様に連発されながら、
奥様にがんがん口答えしたり皮肉を言ったりしつつ、
子爵夫人が亡くなるまで35年間も生活を共にした。
その35年間、
雇い主と使用人を超えた特別な信頼関係のなか、
第二次大戦中の大空襲や政界を揺るがしたソ連のスパイ事件など、
お屋敷のピンチを切り抜けていく。

ローズの貧しいが幸せな子供時代。
領主付きの石工の父の仕事の風景。
母がお屋敷の大量の洗濯物を洗い仕上げたり、
鳥や兎の猟をしたりとい、庶民の働きぶりも詳しく語られ、
また、
複数の屋敷、別荘、農場などを持ち、
使用人は100人以上。
毎週、数百人の客を迎えるパーティを主催し、
シーズンごとに住む家を変え、
大量の荷物を抱えて長期の旅行に出かけるアスター家の暮らしも、
詳細に語られ…

（画像：ダウントン・アビーより　レディ達、正に三美神）

ローズは、晩年はアスター家の手厚い援助を受け、
1975年に本書を刊行。
1989年　没した。

作中の、奥様とローズの厳しいやりとりがなんとも面白い。

　　　（奥様は）高価な装身具をつけるのが大好きで、
　　　わたしの好みから言うと、たくさんつけすぎることもしょっちゅうでした。
　　　くるりと向き直って「どうかしら、ローズ？」とおっしゃる奥様に、
　　　わたしは「おや、それっぽっちでよろしいんですか、奥様？」と応じ、
　　　毎度おなじみの「おだまり、ローズ！」のひとことをちょうだいしたものです。

　　　奥様がよく服装を褒められていたことは知っていますが、・・・、
　　　奥様の口からそれがわたくしに伝わることはありませんでした。
　　　せいぜい一度こうおっしゃったことがある程度です。
　　　「レディ・だれそれが、どうすれば襟とカフスをこんなにきれいに
　　　しておけるのか知りたいとおっしゃっていたわよ、ローズ」
　　　わたしは少々つっけんどんにならずにはいられませんでした。
　　　「洗濯することです、と申し上げてください、奥様」

　　　米国旅行中、奥様が高級デパートをのぞきに行くと言い出した。
　　　「もう帽子はお買いにならないでくださいよ、奥様」
　　　わたしは申し上げました。
　　　「荷造りはすんでいますし、帽子用の箱はどれもいっぱいですから」
　　　奥様はわたしの言葉を挑戦と受け取ったに違いありません。
　　　戻ってきたときには案の定、買い物包みをどっさり抱えていました。・・・
　　　「だってローズ、どうしても買わずにいられなかったのよ」と奥様。
　　　どうせならそのあとに、
　　　「おまえにあんなこと言われてはね」とつけ加えるべきでした。
　　　そういう意味でおっしゃったのですから。

　　　歳月とともに、わたしたちの関係もしだいに角がとれ、
　　　激しいいさかいは言葉による小競り合いめいたものに変わりました。
　　　当時は知らなかったのですが、どうやらわたしたちの口論は、
　　　使用人だけでなくご家族にも笑いと話題を提供していたようです。
　　　ずいぶんあとになって聞いたところによれば、
　　　わたしたちが揉めていると、
　　　（旦那様の）アスター卿はご自分の化粧室に行って聞き耳を立て、
　　　大笑いされていたとか。・・・
　　　わたしがレディ・アスターを理解し、上手にお仕えしていくための鍵を
　　　見つけたことです。
　　　奥様はへいこらされるのがお嫌いで、
　　　いわゆるイエスマンをお好きではありませんでした。

　　　ダイヤモンドは奥様のお気に入りの宝石でした。
　　　いつだったか、何かの催しのために盛装された奥様が、
　　　こちらに向き直っておっしゃいました、
　　　「どう見えて、ローズ？」
　　　即座にぴったりの答えがひらめきました。
　　　「カルティエの店先ですね、奥様」

　　　アスター家のお屋敷「クリヴデン」を取り仕切る名執事のリー氏も、
　　　奥様に理不尽な要求をされ、仕事ぶりをまったく評価してもらえず、
　　　1カ月後にお暇をいただくつもりだと奥様に告げたことがある。
　　　奥様は一瞬にしてご自分が直面している危機に気づきました。
　　　「だったら辞めたあとの行き先を教えてちょうだい。
　　　わたしもいっしょに行くから」
　　　そのひとことが事態にけりをつけました。
　　　２人はたちまち笑い転げ、
　　　リー氏はもちろんアスター家にとどまったのです。

353ページ、
歴史が激しく動いている中での、落ち込んでいく貴族社会…
「古き良きイギリス」の最期を支えたのが、
アメリカからやってきた富豪たちだったことは、興味深く、
なんだかとても読みづらい～～のだけれど、
必死で読み下し、呑み下しながら、やっと読了。

生きた英国史である。

その後、
アスター家邸宅「クリヴデン」は、
ナショナルトラストのマナーハウス「Cliveden」となって、
（広大な敷地は東京ドーム３２個分とか…）
今、超高級ホテルとして生き延びている。