題名：戦争まで 歴史を決めた交渉と日本の失敗
著者：加藤 陽子（かとう・ようこ）
出版：朝日出版社
価格：1,700円＋税（2016年10月 初版第5刷）
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著者は日本近現代史を大学院生に教える教授ですが、本書は中学〜高校生に講義した内容をまとめたものです。
内容は、戦前の日本の進路を決めた三つの交渉事について。
副題にある「歴史を決めた交渉」とは“世界が日本に「どちらを選ぶのか」と真剣に問いかけてきた交渉事”（8p）で
次の三つです。
１）1931年の満州事変を調べたリットン報告書をめぐっての交渉と日本の選択（２章）
２）日独伊三国軍事同盟条約交渉の裏面にあった日本側の意外な真意や、中国側の意外な反応（３章）
３）1941年4月から11月まで行われた日米交渉（４章）
目次を紹介します。
はじめに
１章 国家が歴史を書くとき、歴史が生れるとき
２章 「選択」するとき、そこでなにが起きているのか リットン報告書を読む
３章 軍事同盟とはなにか 二十日間で結ばれた三国軍事同盟
４章 日本人が戦争に賭けたのはなぜか 日米交渉の厚み
終章 講義の終わりに 敗戦と憲法
この本では日中戦争〜太平洋戦争に関わる俗説・定説を史料を読み解くことによって確認していきます。
私自身が信じていた俗説が否定された箇所を２つ引用します（【４章 日本人が戦争に賭けたのはなぜか 日米交渉の厚み】から）。
１．
「アメリカは日本の通信を暗号解読し、真珠湾攻撃を事前に知っていた」という説：
“アメリカは（略）日本による真珠湾攻撃の予兆を暗号解読によって知りながらも、敢えて日本が奇襲攻撃を行なうのを待ち、国内世論を戦争へ燃え立たせたのだ、と。（略）
意外なことに、日本側もまたアメリカ側の暗号を高度に解読し、手の内を知りつつ交渉に臨んでいました”（10p）
“アメリカ側だけでなく、日本側も、解読可能なアメリカの外交電報は、ほぼすべて読んでいたととの衝撃の事実が、この道の専門家の森山優（あつし）先生によって明らかにされました。
（アメリカ）国務省が使っていた最高強度の暗号についても、日本の陸・海・外務、三省担当者は、39年から解読に成功していたといいます。森山先生は、ハル国務長官から東京のアメリカ大使館あてに出された外交電報の87.1％、また、東京のアメリカ大使館からハルへの電報の91.2％が解読されていたと分析しています”（313p）
２．
「アメリカへの最後通告（宣戦布告）電報が在米日本大使館の怠慢によって、真珠湾攻撃後の通知になった」という説：
“最後通告の電報は、全部で一四通ありました。（略）
その最後の一四通目を、ぎりぎり三〇分前までは出すなということを、陸海軍の統師部が外務省に要求しました。その要求を外務省はのんでしまっている”（412p）
この２点以外にも、戦前の日本に関する意外な事実が史料によって明かされています。
ここも２つ引用しましょう。
１つ目は、「世界恐慌の影響で日本がグレて国際協調に背を向けた」という説の否定：
【２章 「選択」するとき、そこでなにが起きているのか リットン報告書を読む】から引用します。
“このグラフ（イギリス・フランス・日本の対植民地輸出）からは、まず、世界恐慌の影響による経済の収縮が極めて激しかった英国と、あまり大きな打撃のなかったフランス・日本、という対照的な傾向が読み取れます。（略）
英仏が、自国と植民地間の帝国経済をブロック化し、自国の利益のみを考えて、他国を出し抜いた結果、英仏ほどは経済の強くなかった日本などが損害を蒙り（こうむり）、国際協調に背を向けてグレました、とのイメージが頭の中に根強くある方もいるかもしれませんが、それは実態とは違うのです”（53p）
２つ目は、日独同盟を結んでいるにもかかわらず、ドイツは中国に武器を供与していたこと：
【３章 軍事同盟とはなにか 二十日間で結ばれた三国軍事同盟】から引用します。
“日本との全面戦争へ備えるため、蔣介石は1934年あたりから準備していましたが、その助言者がドイツにほかなりませんでした。
日独防共協定というものが36年11月に締結されていたので、日本側としては、ドイツは日本の味方でしょうと、何度もクレームをつけますが、なかなかドイツは中国援助を止めない。
それもそのはず、ドイツと中国は、36年4月、中独協定という、ドイツの経済と軍事にとって大変に実り多い条約を結んでいたからです。この条約は、中国に借款を供与して、大量のドイツ製武器の購入費にあててもらうというものでした。35年から36年のドイツ武器輸出総額の57.5％、額にして二千万ライヒスマルクが中国向けでした”（287p）
【終章 講義の終わりに 敗戦と憲法】で著者は執筆（講義）の理由を次のように書いています。
“戦争の結果、書き換えられたこの日本国憲法を、自らの手で書き換えようとするのであれば、論理的な必然性からいって、45年8月15日に終わった戦争について、再度、しっかりと見直す必要があるはずです。
戦前期の日本が行なった大きな三つの決断や交渉事について、私がお話ししてきた理由の一つは、ここにありました”（456p）
歴史の教科書に書かれた「結果の記載」だけでは分からない、「結果」に至るまでの複雑な経緯や背景を知ることができました。
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加藤 陽子（かとう・ようこ）
1960年、埼玉県生まれ。東京大学大学院人文社会系研究科教授。
89年、東京大学大学院博士課程修了。山梨大学助教授、スタンフォード大学フーバー研究所訪問研究員などを経て現職。専攻は日本近現代史。
2010年に『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』（小社刊）で小林秀雄賞受賞。
主な著書に『模索する1930年代』（山川出版社）、『徴兵制と近代日本』（吉川弘文館）、『戦争の論理』（勁草書房）、『満州事変から日中戦争へ』（岩波新書）、『ＮＨＫさかのぼり日本史�⊂赦� とめられなかった戦争』（NHK出版）、『昭和天皇と戦争の世紀』（講談社）などがある。
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