3年間付き合って結婚して8か月。相方とはたくさん、大量に話をしている。おそらく世間平均の3倍くらいは話していると思う。
「話をした方が良い」という義務的側面、「話ができる環境」という可能性的側面もあるが、単純に「話しが楽しい」という権利的側面が一番か。
10歳くらいまでは相方は今の私と似た性格だったようだ。要はマイペースで周囲への配慮は最低限、自分のやりたいことをやり、言いたいことを言う。ところが周囲の反発、イジメにあい孤立する恐怖を覚えて「周囲への配慮をかなり優先」「相手の言葉の裏の意味を読む」「自分の願望を簡単には出さない」という手段で身を守るようになったと。
一方で私は「周囲への配慮は必要最小限(全体利益最大化という錦の御旗中心で個々人への配慮は少なめなまま)」「相手の言葉の裏の意味など仮に悟っても無視することすらある(配慮してほしいなら言葉にするべきだと思うので)」「自分の考えや願望を即座に周囲にオープンにしていく(オープンバカ)」というスタイルをむしろ加速しつつある。
例によって「万人にとっての絶対的正解」という都合の良いものはないのだろう。
要は私は「自分の手の届かない領域はさっさとあきらめるスタイル」「代わりに自分のやれる範囲については死ぬまであきらめないというスタイル」に相方を徐々に誘導したほうが相方のストレスは少なくできるのだろう。そのほうが「相方に幸福感を与えられる」と確信して実践してきたのだが。。。
相方のように「幸福」よりも「充実」を重視するというスタイルもあるのだろうなと考える2017年初頭である。相方の短所を修正するよりも長所を伸ばす方針というか。
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