「ウスペンスキーは憂鬱さうに、状況は自分たちには不利で、こんな集團狂氣のまつただなかで何かやるのは不可能だと言つた。グルジェフの返事は意外なもので、彼がいかに「激しく、活氣に滿ちた出來事」を大事にしてゐるか、そしてこの差し迫つた離散をいかに長い目で見てゐるかを如實に反映してゐた。
《ところが、それが可能なのは今だけだ。しかも事態はわれわれに完全に不利なわけではない。それはただひどく速く動いてゐるだけだ。問題はそれだけだ。しかし五年待つてみなさい。さうすれば、今妨げになつてゐるものがいかにわれわれに有益であつたかが、おのづとわかるだらう。》」(ジェイムズ・ムア『グルジェフ伝』p.159)
バーデン=パウエル卿の『スカウティング・フォー・ボーイズ』の「苦難のときにこそ口笛を吹いて楽しげにせよ」は、あの「戦場に架ける橋」の口笛に遠くこだましてゐるが、そこではまだ、苦難についての憂鬱と、やせ我慢が見て取れる。グルジェフとなると、そこをさらに踏み越えて、常人が「どん底」と感じるやうな最低最悪のときを、最大の好機と捉へて、そこに愉悦さへ見出してゐるかに見える。これは、ある種の「投資家マインド」に似てゐるのかもしれない。
私は、満州開拓少年団の地獄のやうな引き揚げのときに、革命ロシアからの驚嘆すべき脱出を果たしたグルジェフそのひとがあつたならばどうだらうか、と空しくも夢想してみるのである。
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