よく耳にする表現だが、「遺憾である」とか「あってはならない」という表現はあまり好ましくないと思っている。
単なる状況分析ではなく「残念である」という観測者の感情のこもったウエットな表現ではあるが、状況分析に観測者の感情はあまり関係ない。むしろ事実認識を曇らせるマイナスが大きい。
状況を把握するときは事実や証拠に基づいて淡々と行う。判断や意思決定に感情を込めるのは良いが、状況把握に感情を込めるのはご法度であろう。
私のような楽観的な人間こそ「希望的観測」というのは使いどころが難しい。
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相手に近づくのは相手と仲良くなるための場合もあれば相手をぶん殴る(攻撃する)ための場合もあるので、私のように相手に近づきたがる人間は豪快な誤解を招かないように注意をしなければならない。
詐欺師がにこやかに近づいてくるのはこちらをだますためである。その見分け方についてももう少しまとまったら文章起こしをしてみたい。
お互いに接していて得るものがない、むしろマイナスが多いとなれば距離を取るのは自然なことだ。そうなって自分が狼狽することがないように自分の魅力歯磨き、相手への配慮はわすれないようにしたいものだ。いわば「失ってはじめてわかる健康の価値」と同じである。
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