ほぼS氏と入れ替わるように、成城大学ボランティアのM氏が高校一年(1971年)から僕の家に来てくれた。大学の福祉クラブが当時の肢体不自由児の名簿から、ボランティア訪問希望の葉書を送り、僕も希望したから、来てもらったわけだ。特に、苦手だった英語や古文の家庭教師的な事をしてもらった。S氏とは関わり方がやや違ったが、「しっかりと関わってくれた」点は共通していた。
M氏は新潟県出身。家は着物の布の染色業。こんな事を言っていた。
「僕は小学から高校時代に掛けて、多くの地域などの人と関わった。年齢に関係なく。学校友人よりも関わり合った。学校以外の人たちの影響の方が大きかった。その延長で、君とも付き合っている。僕よりもヤングな友人みたいだ」と。
昨日、思い出したが、まさに後年の僕そっくりではないか。何だろうと思った。M氏も大切な恩人である。
大学卒業後はM氏は故郷に帰った。交通も不便な所らしい。当時はITもなかったから、自然に縁が切れた。郵便だけでは縁の維持は難しいし。それは仕方ないが、貴重な経験だし、それも思い出せた事は良かったと思う。
ログインしてコメントを確認・投稿する