「ダメな夫婦喧嘩」と、「OKな夫婦喧嘩」の境界線
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=29&from=diary&id=4015096
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「音楽の方向性の違いはバンド解散の真の理由ではない。真の理由はその違いを許容できなくなったことにあるのだ」
マイミクさんにはミミタコないつものフレーズから。
生まれも育ちも価値観も異なるのだから意見が異なるのは当たり前。意見が異なること自体はさほど問題ではなく、その違いを「許容できない」ことこそが問題であるわけだ。
ISISは従わないものを許容しない、ゆえに全世界はISISに「従属す」か「争う」かの選択ししかない。「シーシェパードやシャルりーエブドの滑稽さ」は先に自己の考えを相手に強制し、許容を認めないくせに、自分自身は相手の反応を許容せず憤っていることにある。
夫婦間の問題でも同じだ。
一方が他方に意見を話し理解を求める。他方は自分の意見を言いながら相手を理解、許容しようとする。誠実にそれらができている限りは大事にはなるまい。
「あくまでも目的は相互の理解を通じて関係性をよくすること」であるべきだ。そうであれば必要以上に感情的になる必要はない。もし相手が感情的になっている場合「ちょっと待って、あなたの目的は何?」と聞くとよい。単に感情を晴らすことが目的になってやいないか?ということだ。
記事にあるように「暴力行為」は自由闊達な意見交換を妨げるので論外だ。「対等なパートナー」でなく、「主人と奴隷」のような関係を求めるのなら話は別だが。
互いに率直に意見を言えるからこそ火種は大きくならずに済む。言わないと決めたのなら不満など考えず墓場まで持っていくことだ。逆に少しでも不満に思うのならいうべきタイミングを見てさっさと言ったほうが良い。問題や意見の衝突が発生することはさしたるマイナスではない。むしろ事実や自体把握を遅らせることこそが火種を大きくするものだ。
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