炎上した作家・藤岡真氏 ブログに続き謝罪掲載のツイッターも閉鎖
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=159&from=diary&id=3913338
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内心の自由は、「どのような内心を持とうが自由である」と言う事。この作家がどう思おうがそれは彼の内心の自由だ。強大な権力だろうがなんだろうがその「内心の自由」をどうこうすることはできない。世の中には多種多様な人間が存在する。性別も年齢も立場も価値観も違う。様々な意見があること自体が当然だし、許容して然るべきだろう。そもそも内心の自由を制限する手段がほとんど存在しない(「洗脳」くらいだろうか?)。
ただ、「表現の自由」となると外に影響する時点で無制限の許容対象とはならない。その内心を自分の外界に出す自由はある。ただ、外に表明(可知化、見える化)した意見を他人がどう思うかという「他人の内心の自由」をみとめなければフェアではない。当然、他人の「表現の自由」にさらされ文句を言うのもおかしい。
なので、わざわざ攻撃的な意思表明をする時は相応に覚悟したほうが良いし、その相手と敵対する覚悟がなければ意思表明自体をしない方が良いことが多い。自分の内心にしまい込んでいる限りは他人にとって不可知であり、反撃対象とされることもないのだから。(『少女の秘めた初恋』なんてーのもそうだ。外に出さない限り壊れることはない。反面、不可知ゆえ気づかれることもないので進展もしないわけだが)
「権利と義務」「表現の自由と説明責任」あたりは正比例の関係になければおかしなことになろう。特に感情に任せた反応の場合はなおのことではないか。発言してもいないことを発言したかのごとく曲解でもされたのなら別だが。
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