言論・表現の自由はどこに……「放送禁止用語」の厳しすぎる自主規制
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=3839432
規制を緩めるには勇気がいる。なぜなら緩めた直後に問題が発生すると責任を取らされる可能性があるから。誰しもできれば責任は取りたくない。ゆえに規制はひたすらに厳しくなっていく。
刺激物の刺激に慣れれば慣れるほど、より強い刺激でなければ物足らなくなる・・・そういうのと似ている気がする。
というわけである程度の人数規模の「表現規制検討委員会」を設けるのはどうか?一部の表現に厳しい人の意見だけが反映されるのはおかしいことであるし、必要に応じて「規制解除」もできる。加えて責任分散できるのが大きい。 既存組織ではBPOがそれに近いのだろうが十分とは言えまい。
事象の理由、本質の理解ができてればある程度は対策を立てられる。それが人間の知恵と言うものだ。まあ理解が間違ってたらごめんなさいだが(笑)。
「自分より格上相手になんとか勝とうとする」ことをあきらめずに突き詰めて考えてると「事象の因果関係の理解」「ルールや違和感」という着眼点にたどり着くのは比較的自然なことだと思う。というかそこは格下からの逆襲のスタート地点に過ぎない。・・・いつものように話が逸れた。
判定段階は「完全制限」「完全解除」「懸案事項」の3つくらいではどうだろうか。結局、「境界線をどこに置くか?」でもめるので問題の完全な解決にはならない。
だが、少なくとも「ひたすらに厳しくなっていくという現状」への歯止めにはなる(規制解除も検討事案とすればよい)。また、より多数の意見を反映できることの意味は大きいと思う。
ベストがダメならベターを考えるというところか。
なお個人的にはルールや規制は必要最小限にすべきとは思う。一部にみられる「ルールを増やして仕事を確保する」という考え方にはかなりの拒否感がある。 あまりに非生産的なので。
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