えなりかずき「少年法は不要」
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=8&from=diary&id=3323172
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例によって私見であって他人様に自分の意見を強制はしませんが、逆に強要されるいわれもありませんと言う前提で。(自分と異なる意見も考察を聞くのは大好きですが、丁寧な物言いでやり取りしたいと思います)
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少年法や死刑制度の是非を聞くたびに思うことがある。
重視すべきは「責任能力」よりも「結果責任」だと個人的には思う。あくまでも「結果責任重視」であって「結果責任絶対視」ではないが。
たとえば人をあやめた動物の大半は「殺処分」される。この処分に納得性があるのはなぜか?
動物に「責任能力」はない。だが結果責任を負わせているのだろう。同様に「責任能力が無い人間」でも罪の重さに応じて対応すべきではないか? と思う。
反論として「刑罰は更生の為だが、責任能力がなければ刑罰の意味がない」という記述を見た。だが「刑罰による苦痛を感じないこと」は「刑罰を与えない理由」にはなるまい。むしろ、苦痛を感じないのなら速やかに処分すればよい。本人の犯した罪の大きさに応じた責任を取らせる。こうすれば「刑罰逃れのために責任能力がない演技」という荒唐無稽な事態を避けることができる。
この場合の「殺処分」は更生の為というよりは「社会正義」であり、社会に適応できない犯罪者への「慈悲」だと認識している。
とりかえしのつく罪ならともかく、「殺人」などの取り返しのつかない罪については犯罪者に更生のチャンスを与えるより、排除したほうが確実だ(過失致死ではなく殺人)。被害者にはチャンスは二度と来ない。犯罪者にだけチャンスを与えるのは不公平だと思う。
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