■後藤さん母「うちの息子を許してください」
(朝日新聞デジタル - 01月28日 01:33)
http://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=168&from=diary&id=3246314
>石堂さんは、テレビのニュースで後藤さんの画像を見たという。画面から伝わる息子の様子について石堂さんは「表情を見て切迫し、差し迫っていると思った。『心配』を通り越した気持ちだ」と声を絞り出すように、ゆっくりと述べた。「イスラム国」に対しては「健二は悪意をもっていない。湯川さんを非常に案じただけだ。うちの息子を許してください」と解放を懇願した。
⇒記者会見ではメインメッセージが息子の解放ではなかったり、最後に微笑んでいたりなど不可解な点は多々ありましたが。人の母としては当然の心情であろうと理解はします。ただイスラム国は彼が悪意を持っているから捕まえたわけではありません。彼がイスラム国の賛同者ではないゆえに捕まえたのです。なので、この懇願は残念ながらピント外れなものとなっています。
>さらに日本政府に対し、「国民を守るのは政府だし、総理だと思う。国とは、国民が困ったときに手をさしのべるものではないでしょうか」と粘り強い交渉を求めた。
まったくその通り。ただし日本国民は後藤さん以外にも多数存在します。「日本の政府」は日本国民すべての利益について考える必要があるわけです。
むろんイスラム国が最も悪いことは論ずるまでもありませんが、自分の意志と判断で危険地帯と承知で赴いて捕まった人物(=自己責任)のために日本の国益をどれだけ失うのかという点を考慮しなければなりません。ゆえに湯川さんの父親は「国や周囲に迷惑をかけてすまなかった」と謝罪をしたのでしょう。
彼が日本政府の命令で危険地帯に赴いたのならともかく、あくまでも彼は彼の権限で、彼自身の自由意思で危険地帯に赴いたのです。これこそ典型的な自己責任の事例でしょう。日本政府の責任と言うのなら日本政府にそれだけの権限を与えなければフェアではありません。たとえば「すべての邦人の海外渡航を禁じるだけの権限」でしょうかね。「権限と責任は比例しなければ不公平」なのです。
むろん、感情としては助かってほしいとは思ってます。ただ、実際に後藤さんを助けるためにどれだけのコストを投じるか? その後の世界的な影響をどう考えるか? まで論じなければならない問題です。人命が第一と言うのなら後藤さん以外の人命へのリスクについても当然考えるべきでしょう。
「現実にできること」と「理想としてなってほしいこと」にはギャップがあるものです。
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