mixiユーザー(id:1750116)

2026年09月25日19:01

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印旛沼は、なぜ2つに分かれているのか?

先日の台風で堤防が3ヶ所決壊して酷い事になってる千葉県の印旛沼ですが、印旛沼が2つに離れて分かれている事に疑問を持ったので調べてみました。

衝撃の事実がわかりました。
この離れている2つの印旛沼は、大正時代まではくっついていました。
衝撃な理由はそれだけじゃありません。
江戸時代より昔は(弥生時代とか)、印旛沼と霞ヶ浦も手賀沼も牛久沼も北浦も全部くっついていました。
淡水と海水の混じった巨大な汽水域の内海でした。

江戸幕府が江戸の洪水対策で、東京湾に流れていた利根川を銚子に流すという大事業をしたのですが、その大規模な護岸工事により、それぞれの湖沼は分かれたようです。
その結果、印旛沼は、台風等による大雨が降る度に利根川の水が逆流して来て氾濫して、大変な事になっていたそうです。
戦後の昭和20年台と30年台に、印旛沼の洪水対策の本格的な護岸工事をして、やっと昭和40年台になって完成したそうです。
今回の台風による印旛沼の氾濫は、70年ぶりくらいみたいです。
その前は約300年洪水に苦しめられてきたそうです。

千葉県民、茨城県民にとっては、小中学生で習う常識かもしれませんが、神奈川県民の私は知らなかったので少し衝撃でした。
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