――諸君が天性の才能に恵まれているなら、勤勉がそれをさらに高めるだろう。
もし恵まれていないとしても、勤勉がそれにとって代わるだろう。
だからこそ、私は精一杯努力しようと決めたのだ。
天分に恵まれていないことくらい、自分で百も承知していたのだから――
デビット・ウィルキー
才能は平等ではない。しかし、勤勉という習慣は誰でも努力で身に着けることができる。人生の最高の目的は、人格を鍛え上げ、可能な限り心身を発展向上させていくことである。人格は一朝一夕に身に着けられるものではない。しかし、習慣を変えることで、それは気づかぬうちに変わっていくものだ。
人間において習慣がすべてだ。美徳でさえも習慣にすぎない。と詩人メタスターシオは語る。人間は若いうちに修練を積んで、正しい習慣をみっちりたたきこむ必要がある。実際、習慣は若いうちほど身に付きやすく、一度見に着いたら終生失われはしない。
では、習慣を変えるにはどのようにすればいいのか。行動を変えればよい。繰り返される行動の集合こそが習慣である。行動を変えるには? それは意思を磨く――決意をすることだ。
時間は平等である。全人類にとって1時間は同じ1時間である。しかし、その成果は不平等である。実りある時間の使い方が、勤勉さが、必要なのだ。 フランスの名士アルノーは「休息なんてあの世に行けば誰でもできるではないか」と断言する。時間とはかくも稀少な資産なのだ。
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