大阪韓国文化院主催の行事で、抽選に当たって行って来ました。
映画「酔画仙」の方は、2006年に見ているが、あまりよく覚えていない。覚えているのは、飲んだくれの天才画家が、酒を飲みつつ素晴らしい絵を描き、放浪の旅に出て行くというのと、美しい女性たちとの出会いや別れがあり・・・ということくらいなので、改めて見るいい機会となった。
あらすじ
チャン・スンオプ(チェ・ミンシク)は身分の低い生まれであったが、学者キム・ビョンムン(アン・ソンギ)がその画才を見抜き、その援助を受けて絵を学ぶ。清の名画を所蔵する通訳官の家で働きつつ、絵を描く。名画を一瞬見ただけで、寸分違わぬ模写を描くなど、才能が認められていく。通訳官の美しい妹(ソン・イェジン)にほのかな思いを寄せるが彼女は結婚して家を出ていく。酒宴で出会った妓生のメヒャン(ユ・ホジョン)と心を通じ合わせるが、天子教信者だったメヒャンは弾圧を怖れて姿を隠す。また、陋屋でともに暮らしていた妻のチノン(キム・ヨジン)には、飲んだくれの甲斐性なしと家を追い出され、彼女のために絵を残してまた放浪の旅へ。宮廷のお抱え絵師にはならず、招待されて描くという身分であったが、清の兵に攻め入られ、宮廷から命からがら逃げ出す。最後は、ふらりと訪れた陶房で壺に枯れた絵付けをし、その後は杳として行方はしれず。仙人になったともいわれる・・・・。
以前に見た時は、その時代背景について注意を払っていなかったが、スンオプの生きた時代(1843〜1897)と言えば、日本では明治維新があり、その勢いで日清戦争が起きた時代。この映画にも清国の兵士、日本の兵士、日本から来た記者などが現れる。また、天子教の弾圧で、フランス人の宣教師と3000人の天子教信者が斬首されたと聞き、メヒャンもその1人だったのではと嘆きながら海岸を歩くシーンは、1866年の丙寅教獄をさしているのだろう。「玆山魚譜」や「黒山」に描かれたのは、それより前の1801年の辛酉教獄だ。
そういう歴史的な背景を描き込む一方、スンオプ本人については、酒に酔っ払っている状態で神がかり的に素晴らしい絵が描けるとか、いろんな女性との関係を時にはプラトニックに、時には生々しくエロティックに描くという「男のファンタジーの世界」となっている。
芸術家としての苦悩と言うより、やはり生まれとか、時代に翻弄された画家という印象だ。
酒を飲みながら描いた鶏、自分でも意識のないうちに指で描いていた猿、基本は花鳥画であるが、この時代の画家としてどこがどう傑出していたのかは、映画からはあまりよくわからない。
ただ、漂泊の芸術家というイメージは、パンソリの旅芸人を描いた「西便制」に通じるところがある。雪の中や、海辺や、枯草の草原などをただただ歩くシーンは美しい。
また、スンウォプ自身が枕絵も描いていたかどうかはわからないのだが、やたらに「こういう絵を描けば売れるぞ」と枕絵を描くことを勧められるところがある。で、その枕絵を彷彿とさせるようなエロティックなシーンを入れるというのは、スンウォプは聖人君子ではなく、酒と女を愛する生身の人間だったということを言いたかったんだろうなあ。カンヌ映画祭で上映されたときのタイトルは、「女と絵画に酔い痴れて」というような意味の題で、ポスターになっているのもラブシーン。こういうところがフランス人には受けたのねーと納得したのであった。
講演会については(その2)に続く。
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