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2024年02月20日21:38

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横浜家

マイミクさんの日記で吉村家が移転したというのを知りました。
それで移転先を調べて知ったのだけど、すぐ近くにあった横浜家が潰れていました。
よくロードサイドにある横濱家とは同じだと思ってる人が殆どだと思いますが違います。
横濱家は横浜家のパクリです。

横浜家系ラーメンという言葉がありますが、その言葉を有名にしたのは、吉村家だと思われていますが、実際は横浜家かもしれません。
横浜市出身で現在も横浜市に住んでいる56歳の私が解説します。

50年前の昭和40年台の横浜ではラーメンチェーンと言えば、
・どさん子
・くるまや
・ラーメンショップ
が有名でした。

家系ラーメン発祥の地と言われている吉村家は当時は杉田の産業道路沿いでラーメンショップとして流行っていました。
昭和61年に吉村家は本牧に支店を出して、本牧家という名前で繁盛していました。

昭和63年に六角橋に六角家というのが出来て、ここも繁盛していました。
六角家は新横浜ラーメン博物館に入って有名になり、セブンイレブンが六角家ブランドのカップラーメンを販売して更に有名になりました。

平成7年に横浜駅西口に横浜家というラーメン屋が出来て繁盛してました。
横浜西口エリアに4店舗ありました。
この頃は、杉田の吉村家も本牧家もブームが過ぎ去って流行っていませんでした。

横浜家が大繁盛してる平成10年に、すぐ近くに吉村家が移転して来ました。
たぶん予想ですが、味では横浜家に勝つ自信があったのでしょう。
横浜家の客は吉村家に流れたのか、いつのまにか横浜家は過疎って、吉村家が大繁盛するようになりました。
4店舗あった横浜家はいつの間にか1店舗まで減り、1年程前に最後の1店も閉店してしまいました。吉村家の存在に加えてコロナ禍が影響したのでしょう。

本牧の本牧家は平成11年に環状2号の下永谷に移転し(本牧はラーメン大将に変わりました)、移転した下永谷の店も去年の5月に閉店したようです。
近くの環2家は、吉村家を裏切った本牧家を潰す為に、本牧家が出店した翌年の平成12年に出店したと言われています。
杉田の吉村家あとは、杉田家という店が吉村家の後継店として営業しています。

環ニ家も本牧家も六角家も杉田家も、吉村家の吉村会長の弟子と言われていますので、それで横浜家系ラーメンの総本山は吉村家と言われているのだと思います。
でも家系の本当のルーツはラーメンショップです。
私の会社の近くに昭和40年台から営業しているラーメンショップ「なかむら家」という店があります。
横浜家系を謳っていませんが、とんこつ醤油ラーメンの中太麺で味は家系です。

このラーメンショップの1号店は羽田の環八沿いにある店舗と言われているので、本当の家系の総本山は、羽田のラーメンショップです。この店は現在も朝6時から13時まで営業しています。
実際、吉村家の会長は平和島(大田区)のトラックターミナルにあったラーメンショップ出身で、杉田の頃の吉村家はラーメンショップでしたから。

吉村家の会長は76歳らしいですが、今でも店舗でラーメンを作ってるらしいです。
80歳で引退すると言ってるらしいので、元気なうちに食べに行かれたらどうでしょうか。
でも、いつも混んでるので並ぶ必要があるようです。
私の会社の近くの「なかむら家」の店主は近年引退してしまいました。
環状二号の本牧家も店主高齢で閉店したそうですが、コロナ禍と吉村家の呪いも関係しているのかもしれません。

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