ギリシャではSFの需要が遅れていたと云う事だが、それだけでなく文学界全体がストーリーを紡ぐよりは思弁的な記述に溺れているのかな?
『いにしえの疾病』ディミトラ・ニコライドウ
ギリシャSFって云うのは、舞台や仕掛やなんかは整えているけど、話がちぐはぐなんだよなあ。場面ごとに違ったネタが出て来る。
それでも、割にSFらしい裏設定が見えた作品だった。
『アンドロイド娼婦は涙を流せない』ナタリア・テオドリドゥ
仕掛けはSFなんだけど、思弁的な描写に偏って、具体的な話の繋がりが弱い。アイデア・ストーリーであっても始りと終わりの整合性は必要なんだがなあ。
すげえ古い十九世紀の小説みたい。
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