オダギリジョー初監督作品。地元の京都みなみ会館で舞台挨拶があるというので、前売りチケットを買いました。売り出しから数分後に完売。
映画は、題名通り、ある山奥の川で渡し船をしている船頭トイチ(柄本明)の話。
時代は明治の中頃か。男たちはザンギリ頭で、町医者は洋服を着ている。
船頭が渡しをするすぐそばで、大規模な橋の建設も始まっている。
村に往診に来る町医者、商人、村祭りに呼ばれてきた芸者衆、昔、村を出た女、橋の工事にきている人足、役人、牛を連れた人、マタギ、色々な人たちが船を利用する。
村人の1人、源三はトイチと親しく、「橋ができたら船に乗る人が減ってしまう。あんな橋、ぶっこわしてやりてえよな」などと物騒なことを言う。
ある日、トイチは上流から流されてきて溺れていた少女を助けた。身元のわからないその少女は行くところがなく、そのままトイチの小屋に住み着く。
少女の身の上について噂話が流れてくるが真偽はわからない・・・。
そのあとのストーリーは書かないことにします。ぜひ、見て欲しいので。
ともかく、クリストファー・ドイルのカメラが息をのむほど美しい。どの風景を切り取っても圧巻です。そんな世界最高レベルのカメラマンと組むことができたのも、オダギリジョーが世界の個性的な監督たちの映画に出て、認められてきたからなんだろうなあと思う。
音楽もいい。衣装はワダ・エミ。身元不明の少女の着ているのは着物ではなく、中国的と言うか無国籍アジアン風。撮影地は新潟の阿賀野川と一部、福島の奥只見。
ストーリーもまっとうな直球で、映画としてもなかなかよかったです。
さて、舞台挨拶。前売り完売だったのに、なぜか空席がある。よくわかりませんね。当日券でパイプ椅子も10席くらい出されていたのに。メディア用に用意された最前列も空いてた。でも、来ていた観客は熱かったですよ。
配給会社の宣伝担当者に率いられてオダギリジョー登壇。同時に大きな拍手。まあ、きっと奇を衒った格好してくるだろうなと思っていたが、その期待を裏切らない。前にもちょっと書いたけど、ヨージヤマモトで揃えてきた(と思う)。ひざ下まで来るくらいの白のロングシャツをコクーンっぽく着ているのでスカートみたい。それに黒のパンツ、二重ジャケット、黒のつばの広い帽子というモノトーンのコーディネート。帽子は終始目深に被っていたので目は見えない。
普通は監督の挨拶から始まるが、いきなりQ&Aから始まった。
Q1「なぜ、船頭を題材にした映画を撮ろうと思ったのか」
開口一番、昨日、口の中を噛んでしまって、口内炎が痛いので滑らかにしゃべれないという断りが。
10年前、球磨川の船頭さんの映像を見て美しいと思い、この美しい文化が時代とともになくなってしまうかもと思い、2週間、その船頭さんを取材した。映像を撮りながら、話されることをメモして、映画にしても面白いかもと思った。ドキュメンタリーとは別に、劇映画を作ってみようと思った。台本の時点で、変わった作品になることはわかっていた。でも、そんな映画に、声をかけた俳優もスタッフもわくわくして乗ってきてくれた。今の主流となっている映画に飽き飽きしているスタッフが楽しみながら乗ってきてくれた。みんなが支えてくれたと言う印象です。
Q2「永瀬正敏さんをキャスティングした理由」
もともと永瀬さんのファン。ジム・ジャームッシュの映画に出ていた永瀬さんに憧れていた。永瀬さんがいて、浅野(忠信)さんがいて、そのあとを追い続けてきたと思う。初めて作る自分の作品にどうしても出て欲しいと思って、声をかけたところ、永瀬さんもこの脚本をとにかく気に入ってくれて、受けてくれた。(言及していないが、ここで名前の上がった浅野忠信も出演している)。
柄本さんは、特におつきあいはなく、むしろピリピリしていた。その方が良いと思い、距離を測りつつ、40日のロケをこなした。
Q3 音楽について
A ティグラン・ハマシアンというアルメニア人の音楽家に依頼した。台本を書いている時に聞いていた音楽があって、そのひとつがティグランの音楽だった。台本の段階では大きなイメージはなかったが、ティグランとは聞いていた音楽がどんなものだったかという情報は共有した。ただ、出来上がってきた音楽は全く違うものだったが。
映画にはあまり音楽はない方がいいと思っている。この映画も3箇所しかつけないつもりだったが、商業主義的な理由で増えた。
商業主義の映画というのは、そのシーンがどういうシーンなのかということを押し付けてくる。音楽が過剰に観客の感情を引っ張ってしまうことが多い。それをしたくない。
(ここから、今の日本映画界への不満爆発。批判と苦言が延々と続く)
今の日本の映画って面白くないじゃないですか。漫画の原作とかドラマの劇場版とか、似たような企画ばかり。何分に一回笑いを取らなきゃいけないとか、そうやって数字取れればいいという。今の日本映画の半分以上が、映画じゃなくてただのビジネスだと思うんですよ。前は、ヘンな映画がたくさんあった。現時点で、そういう映画は作れない。お金が集まらないから。
この映画も「僕が作る」ということを利用しないとできなかった。自分が監督するなら、エンタメを撮ってもしょうがないという思いがあって。エンタメはビジネスに強い人が作ればいい。僕が作るのに(こうすれば当たるというセオリー通りの)無難なものを作ってもしょうがない。こういう映画は、主流を離れた自分にしか許されないと思った。
プロデユーサーの方と話して、お金にならないと言われた。正直、儲からないと思う。脚本の執筆から撮影、編集まで2年くらいかかって、お金はなくなる一方。
でも、魂を売ることができなかった。志を持った人たちがよく集まってくれたと思う。
Q4 作中人物の1人が死後、遺体を森に葬って欲しいという場面について
A 海中に遺灰を撒く散骨というのもあるが、ここはチベットの鳥葬をイメージした。町医者が輪廻について語るなど、アジア的な価値観を表現したかった。一方で、キリスト教のマリア像を出して、西洋文化が入ってきていることも示した。
話している最中に「これはオフレコですよ。ここにきている人の前でしか話しませんからね、書かないでくださいね」といった話題がありましたが、約束を守って書いていません。
舞台挨拶中の写真と録画は禁止だったが、最後のフォトセッションで写真解禁となり、みなさん写真を撮りまくってました。「帽子取ってくれませんか」の声が上がりましたが「帽子は取れないです」と拒否。そこもオダギリジョーらしい一面でした。
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