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2026年09月28日06:04

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重心で切るか、対称で切るか

二等辺三角形型のゼリー二つを、私と妻の二人で分ける。
味は二種類で、できればきれいに半分にしたい。

こういう時、私はつい「理屈」に走る。
最初に私の頭に浮かんだのは、底辺に平行な線で切る方法だった。
しかもただの平行線ではない。三角形の重心を通る、底辺に平行な線で切ればよいのではないか、と考えたのである。
均一な密度の板なら重心は「釣り合いの中心」なのだから、何となく面積の中心でもありそうに思えたからだ。物理っぽい直感である。実際、均質な三角板を糸で吊るせば、糸の延長線は重心を通る。だったら、そのあたりで何か“ちょうどよく”半分になる気がしてしまう。

しかし、よく考えるとこれは間違いだった。
底辺に平行な線で切ると、上にできる図形は元の三角形と相似になる。相似比が変われば面積比はその二乗で効く。だから、重心を通る高さの位置で切ったからといって、面積が半々になるわけではない。
私が見ていたのは「重心」であって、「面積を二等分する線」ではなかったのである。

一方、妻はそんな言葉を一切使わない。
「頂点からまっすぐ下ろして、真ん中で切ればいいんじゃないの」
というような、ほとんど図形の対称性だけを頼りにした直感である。
数学の用語で言えば、頂点から底辺の中点へ引く中線で切る、ということになる。等辺三角形ではそれは同時に垂線でもあり、左右対称を保つ線でもある。
図で二人の切り分け方を示してみる。
フォト

結果として、右の方が正しかった。
つまり私は、図形を前にして「中心」を考えた。妻は「対称」を見た。
今回の勝者は、対称性の側であった。

この話から思い出すのが、学生時代のサークル合宿の一件である。
二泊三日の合宿に、あるメンバーが途中参加することになった。問題は、参加費をどう割るかである。私は物理学科、周りには数学科のメンバーもいた。すると案の定、話はすぐモデル化の方向へ進んだ。
「時間で線形に配分するか」
「いや、食事回数で重みをつけるべきでは」
「風呂や部屋代はどう扱う?」
「なら重み付き方程式を立てようか」
今にして思えば、笑ってしまう。
たかが途中参加の精算で、こちらはほとんど数理モデルを作ろうとしていたのである。

しかし総合大学のサークルというのは面白いもので、そこに経済学部の先輩がいて、こちらが変数だ係数だと唸っている横から、
「こうやってパパッと分けたら?」
と、あっさり実務的な解決策を出した。

そしてそれで、ほぼ全員が「それでいいか」と納得してしまった。
この時、何が違っていたのだろう。

こちらが解こうとしていたのは、「正しい式」だった。
どの費目をどう按分し、どうすれば厳密に公平になるか。
一方、経済学部の彼が見ていたのは、「皆が飲めるルール」だった。
現実の集団では、数式の厳密さよりも、関係者が違和感なく受け入れられることの方が重要な場合がある。
公平とは、必ずしも最も精密な計算から出てくるのではなく、摩擦を最小化するルールとして現れることがある。

ゼリーの話も、実はそれに似ている。
私が頼った「重心」は、均質な板を吊るした時の物理的中心としては有意味だった。だが、今回の問いは「どう吊るすか」ではなく「どう分けるか」だった。
ここで必要だったのは、力学的な中心ではなく、図形の対称性、あるいはもっとはっきり言えば、二人で見て納得しやすい切り方だったのである。
重心と、吊るした時の直線と、面積を二等分する線。
頭の中でそれらが半ば混ざっていたところに、私の敗因があった。

思えば、こういうことはよくある。
理屈に強い人間ほど、問題を見た瞬間に「モデル化したくなる」。
何を変数にし、どこに中心があり、どう定式化できるかを考える。

それ自体は悪くない。むしろ大事な能力である。
しかし現実には、問題の種類によっては、モデルより先に見るべきものがある。

対称性であったり、納得感であったり、関係者の自然な感覚であったりする。
数式で正しいことと、人が「それでよし」と感じることは、必ずしも一致しない。

だから、あのゼリーの件は、小さな失敗ではあるが、少し味わい深い。
私は“中心”を見てしまった。
妻は“真ん中”を見た。
私は均質板を吊るすことを考え、妻は二人で分けることを考えた。
似ているようで、違う。

そして違う問いに、私は少しだけ別の答えを出してしまったのである。
合宿費の精算でも、ゼリーの切り分けでも、結局最後に効くのは、
その問題が本当に問うているものは何か
を取り違えないことなのだろう。
重心は大切だ。
だが、重心がいつでも「半分」の意味を担うわけではない。

人間が集まって物を分ける時には、吊るした時に通る線より、対称に見える線の方が正しいことがある。
そしてたぶん、そういう小さなズレに気づかせてくれるのが、妻の直感であり、経済学部の彼の一言なのだと思う。


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