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2026年07月30日12:53

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映画「大統領のケーキ」

ハサン・ハーディ監督のイラク映画。予告では「小学生の女の子が大統領の誕生日のケーキを作るために材料を求めて市場を奔走する」映像とナレーションがあり、子どもが主人公の「ほのぼの冒険もの」というイメージがありましたが、いろいろな意味で予想を裏切られました。ネタバレしない方がいいのであらすじは途中まで。

時代は1990年代、サダム・フセインが大統領時代のイラク。メソポタミア文明で有名なチグリス・ユーフラテス川の合流する南イラクの湿地帯アフワールには、昔ながらの葦でできた家に住むマアダンと呼ばれる人々が暮らす。

冒頭から、その葦原の間の水路を舟が行き来する光景に引きつけられる。
小学3年生のラミアは、お祖母ちゃんとその葦の家に二人暮らし。学校には、フセイン大統領の縮小コピーのような威張りくさった先生がいて、くじ引きで大統領の誕生日の式典の役割を決めている。学校の掃除をする係、花や果物を用意する係などがあり、命令に背いた者は「引き回し」の罰を受けると脅される。運悪く、ラミアはケーキを用意する係に、クラスメートのサイードは果物を用意する係に当たってしまう。
先生の命令は絶対だし、守らなければ大変な目に遭うと言われているので、ラミアは何とかしてケーキの材料の小麦粉、卵、砂糖、ふくらし粉を手に入れたい。翌日、お祖母ちゃんと一緒にお父さんの形見の腕時計、そして雄鶏のヒンディーを抱えて町に出かける。道端で手を上げて町に行く車に乗せてもらうが、道場の客はこれから結婚するのだが、その直前のアメリカの爆撃で失明したという。運転手は「花嫁の顔が見えないから、美人かどうかを気にしなくていい」というブラックすぎるジョークで慰める。

町に着くと、お祖母ちゃんはラミアに大きすぎる服を買い与え、知り合いの家に連れて行く。お祖母ちゃんは「もう、私の家で育て続けることはできないから、この家の子になりなさい」といういきなりの「養子になれ」宣言。ショックを受けたラミアは、お祖母ちゃんが電話で話している隙に、「そんなのイヤ」とヒンディーを抱えて走り出す。クラスメートのサイードが、遊園地で足の悪い父親と物乞いをしているという話を思い出し、遊園地に行き、サイードと合流。果物を用意しなくてはならないサイードとケーキの材料を入手しなければならないラミア、二人はそれぞれのミッションを果たすために市場を奔走する。

が、行く先々で苛酷な現実が立ちはだかる。店の前で見張りをしていたら小麦粉を売ってくれると言った食料品店主からは別のやっかいごとを押しつけられるし、時計を売ったお金を別の店で使おうとすると、そのお金は贋札だと言われる。とても尋常な手段では材料を手に入れることができない。しかも、盗まれた雄鶏を取り戻したのに、逆に窃盗の疑いまで掛けられてしまう。
一方、お祖母ちゃんはいなくなったラミアを探しに警察に行くが、門前払い。もともと体調が悪かったお祖母ちゃんは、倒れてしまい、病院に搬送される。お祖母ちゃんに付き添ってくれた郵便配達夫がラミアの捜索交渉を引き継いでくれる。

繰り返されるすれ違い、誤解、つぎつぎと押し寄せる難関、試練を乗り越えて、ふたりはケーキと果物を用意できるのか?そしてお祖母ちゃんとの再会は。

たった一日の出来事なのに、人の誕生から死まで人生のあらゆることが詰め込まれているという点でイラン映画の「シンプル・アクシデント」を思い出してしまう。

ラミアとサイードは、いろいろな局面で、「瞬きゲーム」をする。ちょっとにらめっこに似ているが、にらめっこは、おかしな顔をして先に笑った方が負けという遊びだけど、瞬きゲームは、お互いの顔をじっと見つめて、先に瞬きした方が負けというもの。
この遊びがとても巧みに使われていた。

私がまず、感動したのは、ラミアの住む沼沢地の葦原の風景。この映画の原題は「葦の国」。広大な水辺に葦の束を組み合わせて家を建てて暮らす人々の暮らしが、まるでドキュメンタリーのように描き出されていたこと。数年前に読んだ高野秀行さんの「イラク水滸伝」が描き出す世界そのもの。あの本の世界がここにある、とワクワクする思いで画面に見入った。
90年代のイラクの風景を求めて、各地をロケしたというこの映画は、アフワールの湿原の姿だけでなく、モスク、レストランの建築や市場の情景なども再現し、ウードなどの伝統楽器を使った音楽や歌、踊りなども惜しみなく見せている。そういったイラク文化を知るという意味での民族誌映画的な楽しみが満載だった。

つぎつぎと難題が生じて乗り越えていくというストーリー展開も見事だ。
ロヒンギャ難民の姉弟がバングラデシュの難民キャンプからマレーシアへと移動する映画「ロストランド」の藤本明緒監督が、いろいろな映画祭でこの映画と鉢合わせし、ことごとく最高賞をかっさらっていったと恨みを込めて称賛していたが、困難を自ら打開していく子どもたちの姿を描く視点に共通するものを感じた。また、「ロストランド」でも姉弟が「達磨さんが転んだ」みたいな遊びに興じるシーンがあるが、こういう子どもの遊びを取り入れ、演技経験のない子どもたちに自然な演技をさせる演出のうまさも共通すると思った。

また、形見の時計を売ろうとして、ずるい時計商に騙されるところは、台湾映画の「霧のごとく」とそっくりの展開。
「ロストランド」「霧のごとく」、そしてこの「大統領のケーキ」に共通するのは、単に「子どもたちが必死で生き抜く話」ではなく、その背後に独裁政治や戦争、内戦、難民といった重い状況がのしかかっていること。
この映画も、ある時代の政治状況を抜きには語れないが、その上での映像としての美しさ、エンタメとして完成度の高いストーリーに感じ入った。

見終わるとすぐにグッズ売り場に行き、「大統領のケーキ」のパンフをくださいと言うと、私の次に並んだほぼ、私と同年代の女性が「私も同じものを」と言われたので、その言葉づかいの奥ゆかしさが感じいいなと思って、振り返って「いい映画でしたね」「あの瞬きゲームが」などと、ちょっとだけ話してしまいました。

写真は葦の湿原の中をランドセルを背負って舟で通学するラミア

7月21日 MOVIX京都
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