わたくしは修行に興味はなく仏教はあまり信用していないが、暇なので、よく読む
般若心経について
心は幻想なので、心のなかの障がいが、なくなっても心がまだあれば不完全ではあるとおもうが、
のこされた人生は心がなければ生活できないので、癒やされた心のカス(燃え尽きたロープのカス)
という読み方でよいだろう
さいしょの2行目にある
「度一切苦厄」
とあるが
現象を空性だとわかっただけで、
一切の苦がなくなるわけではないので(なぜなら、まだ縁起があるから)
ここでいう空とは
もはや実在(涅槃)を意味している空だろう
つまりすでにここでいう空は
無自性の意味である縁起の空性のことではない
むしろ実在をいいかえた空のことである
でなければ
度一切苦厄
とはまだいえないはずである
したがって、現象については
不生不滅以下の文は、諸法実相つまり実在(涅槃)からのエネルギーだった
との声明だろう。
つまり龍樹のいう八不など、すなわち、実体として生まれ滅びているわけではない
という意味、ではないこととなる。
次の文、是故空中、
無眼耳鼻舌身意
については
あきらかにこの空は涅槃(不生不滅)のことであるという声明である
そして涅槃においては
無明も道も得ることも、悟りも
すべて概念にすぎなかったのである
(厭離一切転倒夢想)
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