チョコプラ松尾駿、“素人”発言を謝罪 動画内で相方・長田ととも“丸刈り姿”に「初心の気持ちに返るという意味」
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=54&from=diary&id=8481584
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昔なら便所の落書きで済んでいたのがインターネットの発達で妖怪化してしまった、という感覚がある。
「芸人が」「素人が」とか「発信するな」とか「発信してよい」とか、「そんな権利があるのかないのか」とか、すべてひっくるめて「多様性」だろう。
そもそも「誹謗中傷」と「正規の批評批判」の境界線が万人に定義できない時点で「どうにもならん」と思う。(言われるほうにとっては誹謗中傷でも言ってる側にとっては正規の批判のつもりというのもあるだろうし)
一つ明確にできそうなのは「匿名の発言をいちいち真に受けるな」「顕名での発言にこそまじめに対応すべき」というところか。匿名の発言という時点で特定する手間をかけない限り「射程外からの一方的な発言」であり、無責任さが伴うのは当然のことだ(私のこの発言も含めてですね)。
だから内容が攻撃的な場合は「ある種の卑怯さ」があるわけで、よほどのことがない限りそんな連中をいちいち特定して叩き潰すというのは労力の無駄遣いに思えてしまう。(お金も暇も有り余っている著名人が本当に腹を立ててつぶしに行くこと自体は消極的ながら支持するが)。
事実無根な誹謗中傷が「炎上案件」「犬笛」になりかねない著名人ならともかく、我々一般人は「懐中静かなり」の心が基本だろう。
見も知らぬ、詳細な事情も知らない他人の発言だ。自分にとって得るところのある発言であればありがたく取り入れればいいが、「全然違うな」と思ったら放置でよいんじゃなかろうかね(私のこの発言も含めてですね 2回目)。
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