キリストのヨーガ
8章までよんでみましたが
とくに
それまでとちがった内容はかいておりません
でした
この本は実在は愛といってるので
わたくしのナチュラルノンデュアリティとは
ちがいます
それに
この本は形而上学はのべておらず
小さな我やそれにまつわる心理活動
を
問題の原因としているので
時間や記憶について説明をかいています
小我とそれを支えているのが記憶と
8章にかいてあります
感想
いかにあるべきか(努力)
は幻想である
それは在るがままではないから
人々はいくらか距離を置いて人を愛する
なぜなら
距離がない状態では
愛(活動)することが不可能だからである
彼らは、距離をおいては
よき活動を理想のものとして
その象徴をつかむ
しかし
兄弟との内面関係に近づくと
自我の憎しみにも近ずくことになるので
それに気づくと
新たな理想(象徴)に逃げるのである
本そのままの内容ではありませんが
湧いたのでかいときます
^_^
この本では
仏教用語みたいな
正見
という言葉がよくでてきますが
これは
実在と空想を識別(ヴィヴェーカ?)すること
であり
それにより
自我から解脱できる
とかいてます
自我がみずから自我が偽物だと気づきましょうとかいてますが
そこに
ナチュラルノンデュアリティとの
ズレがあるように感じます
その識別は
自我にはできないはずですから
それに
識別は仮にするだけで
ほんとうは
その識別されたものも
いやして
自然統一してくれますからね
それがナチュラルヨーガ(ヨーガとはつなぐこと 絆 真のちはやふる)
です
それにこの本では
心ではなく胸がどうのこうの
とかいていますが
無形のカタチ(ハート)にもこだわっているかぎり
マインド(活動)の幻想からは完全にのがれられないとおもいますね^_^
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