豊田有恒さん死去。
https://news.yahoo.co.jp/articles/4b8aa456f2a09d3b05b5ccc2eeca2718dd33bba8
第一世代が段々少なくなってしまうなあ。
最初に読んだ作品は何だろう。もう記憶も遠い。『ヤマトタケル』シリーズだったか、『モンゴルの残光』だったか、ショートショート集だったかもしれない。
脚本を手掛けたテレビアニメも『鉄腕アトム』や『ジャングル大帝』は観ていた。勿論白黒テレビだった。
その後ファンダム活動をするようになって、地方コンで宴席をご一緒する様になった。盃を酌み交わし、麻雀をやり、馬鹿話に花を咲かせた。SF界ばかりでなく、世の中全般の「アブナイ」話を沢山きかせて頂いた。仲間内のSF作家を肴にした意地悪な冗談も、わらわせて貰った。
五十代の頃、ご夫婦で大型バイクに乗って地方コンベンションに来られていたな。元気だった。
一番主出すのは、因幡SFコンパ「バッコン」での事だ。僕が持ち込んだギターを豊田さんが「貸してね」と云って持ち出し、あっちこっちの企画部屋に乱入しては『宇宙戦艦ヤマト』の主題歌を披露していた事だ。
この時は、麻雀をやった時にドラを決めずに半荘回してしまったり、酔っ払いの所業だなあ。
それと、二夜目の夕方宿の帳場でウダウダしていたら、誰かが玄関で呼ばわる。渋く嗄がれた低音の紳士だ。見覚えがあるなと出迎えると、「眉村卓と云いますが、豊田君から、何か面白い事をやると聞いてやって来ました。仲間に入れて下さい」と、宿の向かいの万事屋で買って来たウィスキーを入れた袋を差し出された。
勿論豊田さんは大喜びで、その後の宴会では、他所では出来ないアブナイ話が炸裂した。
勿論、真面目に社会構造や外国の事情、科学の話もした。
このコンパニは地元勢と云う事で、石飛卓美さんや飛浩隆さんがいたし、まだサラリーマンだった頃の影山琢磨さんもいた。
SF者が集って、馬鹿話をする場を盛り上げていた人だったなあ。
長い間お疲れさまでした。
―瞑目―
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