■「あだ名禁止」2割が賛成=小学校時代に「嫌な思い」―民間調査
(時事通信社 - 11月12日 13:31)
https://news.mixi.jp/view_news.pl?media_id=4&from=diary&id=6303522
**********************************
キテレツ大百科に「ブタゴリラ」というあだ名で呼ばれている熊田薫というキャラがいるが、いじめの雰囲気にはなっていない。
つまりあだ名そのものが問題なのではなくて、�,修譴鮓世錣譴訖祐屬�嫌がっているかどうか?�△修譴鮓世�周囲が侮蔑を込めているかどうか?の問題という証左ではなかろうか?
だからあだ名を禁じて「〇〇さん」とか「本名フルネーム」だとしても、言う者が悪意を込めて呼ぶとか、言われるものが嫌がっていたらそちらが問題だという事であろう。
個人的には「悪意をばらまく側に働きかける」よりも「悪意にダメージを受けないように鍛える」ほうが理想的だと思う。性犯罪者都政の被害者でいえば性犯罪者が悪いに決まっているわけで、性犯罪者側に罰を与えたいとは思うが、性犯罪者側に倫理を期待してもあまり期待できないと思うのと同じだ。
悪いのはどっちと言えば「悪意をばらまく側」であり「性犯罪者」であるに決まっている。なのに私は「悪意を受ける側」「性被害者」に変われと言っているわけで一見理不尽なのは認めるところだが理由としては2つある。
1つ目。問題を生じさせないためには一番手っ取り早いのが「受け手のメンタルを強靭化すること」なのだ。
伝わらない悪意は屁でもない。また悪意が伝わっても平気で受け流す。すると悪意を込めた側は、より直接的な誰にでもわかる悪意の表現を使いだす。ちょうどボクシングで細かいパンチをいくら当てても効果がないという演技を相手にしらしめれば相手の攻撃が大降りになるのと似ている。
そこを反撃で叩く。
つい過剰な表現になったところをとらえて言い逃れしにくいところをたたける。一方で打たれ弱い人間の場合、どうにでも取れる表現から騒ぎ立てるとどうにも中途半端になりやすい。
2つ目。悪意が込められているかどうかは一見判断が難しい。パワハラやセクハラと同じで「被害者側が悪意があると感じれば悪意がある」というのは横暴が過ぎやすいし、かといって悪意を込めた側が素直に「悪意を込めました」と認めない可能性も高い。
そこで上記の「平気なふりして受け流し」から「相手の悪意の大振り」を誘い「反撃で仕留める」という流れに持ち込んだほうがよかろうというわけだ。
大ぶりの悪意になればより客観ししやすく、第三者にもわかりやすかろうということだ。
長々と書いたが「あだ名を禁じる」という方法にはあまり実効性を感じない。残念ながら悪意ある連中は多々あるイジメ方法の1つである「あだ名」を禁じらたところで、別の方法で悪意を振りまくだけだろうから。
ログインしてコメントを確認・投稿する