国と国の戦争、格闘技やケンカ、スポーツからゲームまで。
ほとんどは「正義だから」というだけでは勝てない。
軍事力や身体能力、戦略や練習量がより重要な要素となりやすい。
唯一「正義」というのが重要な勝因になりえるのが「議論」の世界である。
<厳密には議論に勝ちも負けもないが感覚的にわかりやすい表現として「勝ち負け」を用いるとする>
議論における真実とは「第三者が認めること」であり実際の真実とは差異がある。より正確に第三者に真実だと信じさせる要素の多い側が主張を構築できるし、「勝ちやすい」。そこに第三者も含めた全体利益を最大化する提案を重ねていけばおのずと支持されるというわけだ。
ひろゆきさんと言う方の論法が一部で「強い」とされているようだ。
http://kyanoscreate.hatenablog.com/entry/2015/06/29/074042
http://fullmemo.blog.fc2.com/blog-entry-377.html
「それはあなたの感想ですよね」⇒「そうですよ。あなたの感想はあなたの自由、私の感想は私の自由ですから」
「データあるんですか?」⇒データを示した上で「より信頼性の高いデータをもって反論してください」
「うそつくのやめてもらっていいですか?」⇒「それこそウソだとするデータをしめしてください」
彼の論法が一見「強い」としてまかり通るのは聴衆や第三者が議論のなんたるかについて
理解が不足しているからである。
一休さんに最強キャラとして「どちてぼうや」というキャラクターがいた。何に応えても「どちて(どうして)」と質問を重ねるもの。ひろゆきさんがやってるのは「どちて坊や」とほぼ同じ手法である。
まず議論の目的を第三者含め聴衆に理解してもらい、納得させる。そこが理解できれば否定するのみで対案を述べないのであればそれは「論破ですらないこと」が理解できる。なによりも対案がないので「第三者に建設的な影響をもたらすことができない」のである(実際、どちて坊やもそういう存在だったというのが私の「感想」だw)。
主張をしない相手を崩すことは「ほぼ不可能」だが、そもそも「崩す必要すらない」わけだ。それを崩そうとするから「崩せなかった=負けた」と言う印象を発生させてしまうわけだ。
「負の印象操作」さえ無効化していればよい相手である。「感想」を持つ自由は認め、自分の感想を持つ自由を認めさせる(互角にすぎない)。データは示した上で否定するだけではなく、より信頼性の高いデータを求める。突っ込み続けるのは可能だが「認めたがらない彼」ではなく「聴衆第三者」が納得できるデータを示せれば何ら問題とはならない。この論法で唯一の「主張」は「ウソ」のくだりなので、そこは彼にこそ立証してもらう必要があろう。
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