本日取り組んだ推理ゲーム、私の推測ミスで私だけがシナリオ達成できずだったわけだが(私以外の3名も真相にはたどり着けなかったが、結果的に条件をクリアしていたので、ある種私の一人負けw)実に面白かった。シナリオのネタバレは禁じられたので内容は書けないが、現象面は書いても問題なかろうということで。
いわゆる謎解きゲームで最初にたてた仮説が中途半端に当たっていたがために、却って推測を誤ったというお話である。
無論、真実と仮説との間に違和感は複数発生したのだが、その時点で仮説を疑うのではなく、裏を取る方向ばかりになってしまった。この時点で「仮説は予断になってしまう」わけで。
仮説と予断の差は難しい。厳密には「よい仮説だった」のか「悪い予断だった」のかは結果で決まる。
ただ結果論では意味がない。どうすれば中途で気づくことができるのか?
「双方向から見る」ことだ。
仮説が正解なのに違和感がある。これは違和感の部分はご都合主義なのか、あるいは何らかの「歪み」があるのか? という見方。一方で違和感に基づいてむしろ仮説を修正するという見方。
この2つ目を怠ったのが敗因であったなと。
あまりに初期の仮説が合致度が高いものだったゆえに、先入観にはまり、仮説の修正をする方向の検討が抜けてしまった。
失敗は失敗、負けは負けとして受け止めるが、まあいい。
「次は負けん。」
こう言える限り、たとえ爺さんになってても人生を前に進めることができるのだ。
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