会話がかみ合わない人物・団体・民族・国家の共通特長
「人の話を聞かない」存在と分かり合うことはきわめて難しい。
彼らはほぼ共通して「自分の言いたいこと、願望、不満」を一方的にまくし立てる。あるいはこちらの言ったことを勝手に拡大解釈し、極論にして叩きやすくした上で叩こうとする(ネット上等で「絡まれる」場合の大概はこれだ。こちらが言った覚えがないことをでっち上げて攻撃してkるうことが実に多い)。
そもそもコチラの言い分を聞こうとしない彼らは、論理的に「論破」されることも無い。論理w理解しないものを論破することはできない。その意味では「論理に対しては無敵の存在」だ。
彼らとは話がこじれるというより、会話が成立しない。
そういう「話が通じない輩」が相手の時は、「人間相手の諭旨」ではなく「動物相手のしつけ」に切り替える必要がある。話の通じないケダモノを人間のように扱おうとする事が問題を大きくするのだ。過激な書き方をしている自覚はあるが、「差別ではなく区別」である。人間扱いをされたいのなら、人間らしく振舞うことだ。
両者ともケダモノであれば実力行使で上下関係を明確にするのが一般的だが、論理が理解できている人間である私やあなたまで畜生道に堕ちる必要は無い。人間が畜生に対するしつけには手法がある。
ケモノ使いがムチを用いるように。論理を用いる。
まずケダモノ氏の「鳴き声」のような言い分を聞く。いきなり彼らの望む結論を主張するのが彼らケダモノ氏の鳴き声だ。九分九厘が不満と願望だ。
「責任はソチラにあるのだから●●すべきだ」
と言うものが多い。
聞いた上で冷静に見極めてほしい。「責任」と「権利」は正比例のセットだ。相手が責任をなげかけている時点で主導権はコチラにある。ケダモノの鳴き声に人間様がビビる必要は無いのだ。
ケダモノと人間の境界線は「理由(証拠・前提)は?」の有無だ。
彼らの主張には前提や理由、証拠は無い。一見あるとしても独善的で客観性に乏しい彼らの願望である場合ばかりだ。(逆に言えばそれらを用意した主張をしているなら彼らは人間であってケダモノではない)
この対応でケダモノは「グレーターケダモノ」と「レッサーケダモノ」に分かれる。レッサー種はこちらの問いかけの意味も理解できないので、壊れたテープのように今までと同じ鳴き声を繰り返す。・・・まあ、泣き叫ぶ赤ん坊のようなものだ。かわいらしい赤ん坊であれば当然庇護する必要があるが。レッサーケダモノは赤ん坊と違って全然保護欲がわかない(笑)。
「そこまで面倒見切れませんわ」ということだ。
グレータ種はこちらの問いかけの意味を理解するのでそれらしい取り繕いをしようとする。一番多いのが「やり返し」だ。だが、「人間様」の主張には理由(証拠・前提)があるのでそれを返せば事足りる。
相手の無茶な言い分を聞くだけ聞いて、相手の言い分で相手の言い分をたたくのも実に有効だ。それもできれば怠慢ではなく第三者衆人環視の公開討論が望ましい。
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