SNSを見ていると、ときどき妙な数字に出会うことがある。本文の閲覧数よりも、イイネ!の数のほうが多いのである。最初は単純に「どういう仕組みなのだろう」と思ったが、考えてみれば一応の説明はつく。ホーム画面のような場所に、マイミクの投稿のプレビューが並び、本文を開かなくてもその場でイイネ!が押せる。もし、投稿者の名前だけを見て反応する習慣があれば、view数よりイイネ!のほうが多い、という現象も起こりうる。
仕組みとしては分かる。だが、私はそこにやはり違和感が残る。なぜなら、本文を読まずにイイネ!を押すことは、どうしても「読まずに評価する」ことに見えるからだ。もちろん、押している側は必ずしも評価のつもりではないのかもしれない。あいさつの代わり、関係維持のしるし、いつも読んでいますよという合図、あるいは継続への応援。そういう軽い社交的身振りとしてイイネ!を使っているだけなのだろう。だが、受け取る側から見れば、内容への賛意とも見える。ここに、イイネ!という記号の曖昧さがある。
私は、いつも良い投稿をするという信頼のある人に対しても、本文を読まずにイイネ!を付けることはない。読まずに評価するのは誠実ではない、と感じるからである。
では、推しの音楽家が新しいアルバムを出すとき、試聴する前に予約購入するのは同じことか。あるいは、この監督でこの役者が出ているなら必ず映画館に行く、というのも同型なのか。考えてみると、ここには似て非なる差がある。
試聴前のアルバム予約や、監督・役者を信じて映画館に足を運ぶことは、たしかに中身の未確認という点では共通している。だが、それはまだ作品の評価を済ませたことにはならない。過去の実績や作り手への信頼をもとに、自分の金と時間を賭けて確かめに行く、いわば先行投資である。しかも、その結果が外れである可能性も引き受けている。実際、期待して買ったCDにがっかりすることもあるし、好きな監督と役者の組み合わせでも期待外れの映画はある。それでも予約し、見に行くのは、作品を褒めているのではなく、作り手に賭けているからだ。
それに対して、未読のイイネ!は少し違う。そこでは自分の金も時間も大きくは賭けられていないし、何より、内容を確かめる前に賛意だけが先に表示される。もしイイネ!が単なる社交的なうなずきならまだ分かる。だが、評価の印のようにも見える記号を、未読のまま使うことには、やはりどこか釈然としないものが残る。言ってみれば、試聴前予約は「まだ知らない作品への信頼投資」であり、未読イイネ!は「まだ読んでいない内容への擬似評価」になりやすいのである。
SNSのイイネ!は、おそらく内容評価と社交儀礼と応援と存在確認とを、全部ひとつに押し込めた便利な記号なのだろう。便利であるがゆえに、何を意味しているのかが曖昧になる。そして私は、その曖昧さが気になる。読んで良いと思ったから押すのか、いつもの人だから押すのか、顔を出したという印にすぎないのか。その区別が消えてしまうところに、未読でイイネ!への疑問がある。
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