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2026年09月17日06:27

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語らずして語ってしまう闇、の物語

YouTubeでよく見かける動画に、会社の中で業績と利益を上げている当の本人が、上司に手柄を横取りされ、文句も言えぬまま道具のように扱われ、ついに退職すると、後で困った会社が傾き、倒産したり吸収合併されたりする一方、自分は外の大手企業に実力を認められて安泰になる――そういう筋立てのものがある。見ているうちに、どうも中国製のショート動画をAI翻訳したものらしいと分かってくる。時々、上司の名前に李とか王とか、いかにも中国風の姓がそのまま残るからである。

しかし、あれを見ていて前から少し不思議だったのは、「ショート」と呼ばれているわりに、話が妙に長いことである。短い動画なら、要点だけを鋭く見せれば済みそうなものだが、実際には細部をだらだらと積み重ね、無駄に詳細まで描き込み、総計で百分を超えるものさえ珍しくない。だが、考えてみれば、あの種の物語の快楽は、単純な逆転そのものよりも、そこへ至るまでの鬱屈の蓄積にあるのだろう。理不尽な扱いをこれでもかと見せつけ、主人公の忍耐を長々と確認し、視聴者の不満を十分に溜めた上で、ようやく退職と没落と再評価へ持っていく。つまり、あれは短い動画というより、縦型の器に入った長い「ざまあ」連載のようなものなのだと思う。しかもAI翻訳の平板な日本語が、その冗長さをさらに強調しているようにも感じる。
あとから分かったがショート動画そのものは、一〜二分で、それを百話ほど連ねたモノと分かった。あれほどクドイのはそういう配信を一本にまとめたモノという事で納得がいく。

気になるのは、この手の物語には、日本の企業告発ものや社会派ドラマなら頻出しそうな構図――たとえば地方公共団体(地方政府)、公的検査機関、監督官庁との癒着といったものが、ほとんど、というより文字通りひとかけらも出てこないことである。悪はもっぱら直属の上司、社長一族、意地の悪い同僚、ライバル会社といった、民間企業の内部に限定されている。現実の大きな企業活動が、本当にそんな社内政治だけで完結するはずもないのに、そこから先へは物語が一歩も踏み出さない。

この不在は、単なる省略ではないのではないか。むしろ、そこにこそあの物語の奇妙な重さがあるように思える。つまり、会社の腐敗は描けても、その会社と行政、検査、監督、制度とがどう結びついているかという領域には触れられないのである。しかもそれは、実在の市や省や機関を出せないというだけではなく、架空の市、架空の省、架空の行政機関すら悪の担い手として立ち上げられないほど徹底している。ふつうフィクションなら、現実を避けるために舞台を仮構することくらいは容易なはずだが、それさえない。となると、あれは単純に社会派でないのではなく、そもそもその部分を物語化する回路自体が塞がれているのだと考えたほうが自然だろう。

そう考えると、あの種の動画は、底なしの闇を暴く物語ではない。地方政府や公的機関との癒着、制度そのものの腐敗といった深部を告発するわけでもない。けれども、その領域にまったく到達できないという構造それ自体が、逆に「そこには追究不可能な闇がある」ことを物語っているように見える。闇を語るでもなく、ただそこへ行けないことによって、結果として闇の深さを示してしまうのである。


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